第22話
校長室に、森先生、市川先生、斎恩、武男、赤木そして秋が集まった。
高級そうな椅子にもたれかかった校長先生が声を上げる。
「君は本当に、上杉と闘うつもりなのだね?」
応接用のソファに腰かけている美波の目を、斎恩の視線が射抜く。
「はい」
それに対して秋は、物怖じせずはっきりと答えた。
すると斎恩は笑顔を作り、秋に向かって頷きかける。それから校長室に集まった全員に対して語り掛けた。
「じゃあ、どうやって雫君を連れ出すか考えようか」
その一言で、みんなの表情が引き締まる。
「まず、雫君がどこにいるのか分かるかね?」
そう言われて、秋は意識を雫に移す。相変わらず視界もなければ、聴覚も使えない。しかし、座らされている椅子の感触は良く分かった。
「地下研究施設の電気椅子の部屋です」
そう言うと、美波の後ろで立っている武男がみんなに説明した。
「電気椅子の部屋は、秋君を躾けるために作られた、ただ電気の流れる椅子が置いてあるだけの部屋です。椅子にはコードから電流が送られ、それは隣接するコンピュータールームですべて管理されています。入り方は二つあって、今言ったコンピュータールームからと、秋君たちが暮らしていた居住区画からですが、外から入るならコンピュータールームからしかありません。ちなみに、部屋は地下二十一階にあり、一度エレベーターで地下十階に降りてから、別のエレベーターを使って二十一階まで行かなければなりません」
「他に侵入経路はないのですよね?」
市川先生が上品に挙手をしてから、発言する。市川先生と森先生は一度施設に侵入しているため、ある程度構造を理解しているようだ。対して、赤木と秋は施設に居たけれど、基本的に使っていたエリアは制限されていて、全体の構造を知らない。加えて赤木は、施設に居たのが小さい頃であり、もうあまり記憶に残っていなにようだ。
そのため先生たちは主に、赤木と秋に向けて会話を進めていく。
「残念ながら、ありません」
武男が市川先生の質問に答えた。そこで部屋の空気が僅かに沈む。つまり電気椅子の部屋に辿り着くには正面突破しかなく、上杉の部下とぶつかることは避けられないということだった。
「それしかないなら、戦うしかねぇだろ」
秋の正面に座っていた赤木が拳を鳴らしながら言った。それに、その横の森先生が加勢する。
「そうだ。俺たちがいくらでも道を切り開いてやりますよ」
森先生が赤木の肩をがっちりと掴んだ。その正面、美波の横に座っている市川先生が溜息をつく。
「もうちょっと真剣に考えてください。なんでもかんでも武力で解決するわけではありません。相手はおそらく我々よりも圧倒的に数が多いでしょう。加えて、平気で銃を撃ってくることも考えられます」
そうやって正論を正面からぶつけられて、赤木と森先生は言葉を失い、さりげなく首を引っ込める。
「確かに、市川先生の言うとおり上杉は大量に傭兵雇っているようだ」
そこで斎恩が口を挟んだ。
「しかし、銃の方を無効化するのは難しくない」
その一言に、みんなの視線が斎恩に集まる。
「まさか、全員が防弾チョッキを着るのですか?あれはかなり重量があって俊敏性が損なわれます。相手が多いならば、移動のスピードが落ちるのは致命的です。加えて、あれを着たからと言って全身を守れるわけではありません」
市川先生がまた挙手をして、早口で捲し立てる。
「確かに先生の言う通り、防弾チョッキはデメリットが多すぎる。だが、私がおすすめするのはもっと別の方法だよ」
そう言うと、先生は机の引き出しから数か所穴が開いた黒い布を取り出す。
すると市川先生が言った。
「目出し帽ですか⁉」
「そうだ」
「それで本当に、銃弾を防げるとでも?」
「あぁ」
斎恩が至極当然と言った表情を市川先生に向ける。対して市川先生は訳が分からないと言いたげに、視線を泳がせた。
「私たちが雫君を連れ出そうとしているのと同じように、上杉も美波君を奪おうとしているのだ。それも彼は美波君を生きた状態で、捕まえなければならない。つまり、彼は美波君を撃つことは出来ないのだ。そこで目出し帽の出番である。これを全員が付けていれば、顔が分からない。相手からしたら誰が美波君か分からず、むやみに引き金を引くことが出来ないということだ」
斎恩の話を聞き終えると、市川先生含めその場の全員が納得したように頷いていた。
「それから、相手の人数が多いことについてだが面白い武器をみんなに見せよう」
そう言って斎恩は、また机から何かを取り出した。そして、それをみんなが見えるように顔の高さまで上げる。
「ボールペンですか?」
武男が聞いた。斎恩の指に挟まれているのは、普通の黒いノック式ボールペンに見える。
「ただの、ボールペンじゃないぞ」
斎恩が悪戯っぽく笑った。
「これは私が若い頃に暇を持て余して作った防犯グッズだが、強力すぎて世に出せなかったものだ。一見するとただの、ボールペンだが………」
先生はそこでためを作ると、ボールペンをノックした。カチッとおいう音とともに、ペン先のボールが現れる。
「これはスタンガンだ。こうやって、ノックをして出てきたペン先を相手の皮膚に当てるだけで、相手はしばらくの間気絶する」
斎恩はさらっと恐ろしいことを言ってのけた。確かにこれが世に出回っていたらとんでもないことになっていたかもしれない。
「Tシャツとかの薄い布なら、服の上からでも効果ありだ」
斎恩先生が、続けて言う。
「みんな恐ろしそうな目を向けておるが、気絶した後人体にダメージが残るわけではない。少しの間眠ってもらうためだけの道具だ。まぁ、起きた後しばらくは痺れて動けないかも知れないが。とにかく拳銃のように、相手を永遠に眠らせてしまう道具よりかはよっぽど使い勝手がいいだろう」
先生はそう言うと、ボールペン型スタンガンをノックしペン先を引っ込めた。
「武器については分かりました。確かに、拳銃では弾が限られていますし、味方を誤って撃ってしまうこともあります。それにそもそも私たちは人を撃つことに慣れていません。ですが、そのボールペンならそれらの問題は生じません。私もそのスタンガンを使うことに賛成です。ですが、決行日と侵入経路についてはどうしますか?」
市川先生が挙手した後に、全員に向かって問いかける。それにまず武男が答えた。
「侵入経路はやはり、雫君と美波君が脱出してきたスーパーのバッグヤードにある非常時用の隠し扉からが最も合理的だと思います。そこから梯子を下れば、非常階段に出ます。そして非常階段から施設への扉は基本鍵が開いているのですぐに侵入できるし、あそこには監視カメラがありません。出来るだけ敵と遭遇せずに進むことが出来ます。他の入口は、破るのが大変なうえに色んなセンサーがあり、加えてエレベーターまでも遠いです」
そうやって武男が施設の構造に関して説明してくれる。
「ただし問題もいくつかあります。まずスーパーのバッグヤードに行かなければならないため、お客さんや従業員の目を避けなければなりません。さすがに、武装した人間が何人もぞろぞろと歩いていたら騒ぎになりかねません。それに、隠し扉は軽量ながらマンホールのような形をしているのですが、開けようとすると強い電流が流れます。それを何とかしなければなりません」
「電気が流れるなら、ゴム手袋とか電気を通さない道具を使えばいいんじゃないのか?」
赤木が武男に尋ねた。
「いやそもそも電気が流れている状態だと、隠し扉が動かないようになっているんだ」
そこで、みんなが黙り込む。誰も、良い案が浮かび上がっていないようだった。
だが斎恩がまたしても声を上げる。斎恩はスマホを操作して、何かを眺めていた。
「どうやら四日後、あの施設のあたりはひどい嵐になるようだ。決行日は四日後でどうかね?」
斎恩が唐突に、全体へと問いかける。
「私は構いませんが、嵐だと我々にどう都合がいいのでしょう?」
武男が斎恩に聞いた。
すると斎恩は、
「ちょっと待ってくれ」
というと、スマホを高速でタップし始める。下手したら若者よりもスマホを使いこなしていそうな手つきで、秋は思わず目を見開いた。
しばらくカタカタとスマホをタップし、二件の電話を終えると、斎恩はみんなの方に向き直る。
「今、例のスーパーのオーナーとあの地域一帯を管轄している変電所に電話をした。スーパーの方は四日後を休業にしてくれるそうだ。これで堂々と、スーパーに入っていけばいい。当日はかなり雨風が強く、視界が悪いため、近所の人に見られる心配もないだろう。そしてもう一件は、落雷に乗じて一時的にあの周辺の施設を停電にしてもらうように頼んでおいた。これで隠し扉の問題も解決するはずだ。しかし、施設の中も暗くなるだろうから装備に暗視ゴーグルを追加しなければいけないかな」
斎恩は悪戯を計画する子供のような笑顔を作った。
「敵は、上杉君が絶対的な権力を握っている。逆に言えば、上杉君さえどうにかできれば、敵は機能しなくなる。私は当日、所用で現地に向かうことが難しい。後は頑張ってくれ。成功を祈るよ」
斎恩が言った。
「分かりました」
それに武男が答える。
「では前日の正午にこの学校集合でよろしいですか?車は、大人が交代しながら運転しましょう」
それに全員が頷いた。その後、細かい確認がいくつかされた後、話し合いは終了した。
秋は家に帰ってベッドに倒れこむと、天井を見上げる。まだ動悸がしていた。少しワクワクしている自分がいる。いよいよ、あの施設に乗り込むことが決まった。そして雫を取り戻せば。自由になれるのだ。なんだか、何もかも上手くいくような気がする。こんな感覚は子供のころ以来初だった。不安な気持ちが無いと言えば嘘になるけれど、秋は上手くいった未来を想像してにやつきながら眠りに落ちる。
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