第二枠 “ガチ恋商法配信”

 都内某所。

 アルバイトを終えた女は彼氏とのデートを済ませ帰宅してきた。


 「焼肉美味しかった。でも最近太っちゃったかな」


 彼氏との焼肉デートを満喫し、ご機嫌な様子の女。


「ちょうどメイクもしてることだし配信つけよっかな」


 女配信者の特徴の一つとして、配信のためにメイクをするという習慣がある。もちろんカメラ越しに見られるからであるが、可愛くみせることで得することは多くある。デート代を稼ぐのもその目的の一つだ。

 女は鏡を前にして軽く化粧を直す。顎の肉を気にしながら触ると少し不機嫌そうな顔になる。自宅にはパソコンは無く、あるのはドーナツ状の物体。これは何かというと、いわゆる“女優ライト”と言われる奴だ。これを点灯させて自分の顔に当てれば、顔全体が明るくなり、カメラ越しのリスナーからは可愛く見えるようになるという仕組みである。肝心な配信機材はどこかというと、スマホ一台あればライブ配信はできてしまうのでPCを買う必要が無い。


 「あ、充電があと10パーしかない」


 バッグの中からモバイルバッテリーを引っ張り出すとスマホに接続させる。部屋の脇においてあった置き型の自撮り棒を机の上に設置して、その後ろに女優ライトを置く。カメラの視覚の中に写ってはいけないものがないか入念にチェックをして、部屋着に着替えた後、スマホの前に座る。ライブ配信のアプリを立ち上げて配信スタートのボタンをタップした。


 「はーい、どうもみんな。こんばんは~」


 ワントーン上げた声をリスナーたちに届ける。


 「○○ちゃんおかえり~」

 「待ってたよ~」

 「好き」

 「かわいい」


 彼氏とのデート後ということを知ってか知らずか、まるでアイドルに会えたファンのように黄色い、もとい“野太い”コメントが走る。


 「今日も疲れたぁ、女友達三人で呑んでたんだけど、みんな酔いつぶれてさぁ」


 息をするように嘘をつく女。


 「いいなぁ、友達がいること自体羨ましい」

 「ああ、この間言ってた女の子たちね!」


 リスナーは気づいていないのだろうか。

 そう、これが恋愛商法タイプの配信者という存在である。男が女に投げ銭を投げる基準として、非常に生々しい境界線がある。それは、“彼氏がいるかいないか”だ。有名なアイドルのファンはそのあたり割り切れる人が多いのだが、あくまでも配信者は一般人で、リスナーとの距離感もアイドルに比べて近いものがあるため、その分彼氏がいた時の喪失感、敗北感というのがアイドルのそれに比べて重いのである。逆に彼氏がいないとなれば、投げ銭をどんどん投げる男たちも多数現れる。

 早速ギフトが投げられたようだ。


 「ああ、○○さんありがとおお。いつもギフトくれて嬉しい」

 「○○さんのために歌っちゃおうかな~」


 女はギフトをくれたリスナーに適当な歌を唄う。投げ銭芸(ギフト芸)というのは千差万別、いろいろある。歌を歌ってもらえたリスナーは何故か逆に感謝のコメントを打つという、ライブ配信の世界を知らない人間には理解に苦しむ不思議な光景が広がる。


 「○○さんのために唄いました。○○さんみたいな人は絶対に幸せになれる!」


 何の確証も無い、テキトーなことを言う女。それを鵜呑みにするリスナー。平和な世界である。


 「そういえば今日、○○さんがいないね。忙しいのかな?」

 「いつもコメントくれる人がいないと寂しいよね」


 リップサービスに余念がない。


 このような特定のリスナーに対するセリフは他のリスナーの嫉妬心を煽り、さらに投げ銭を誘発させるトリガーとなるのだ。


 「名前を覚えてもらいたい」

 「もっと名指しで会話してほしい」

 「○○よりも俺を見てほしい」


 生々しい感情が水面下、そして画面越しでせめぎ合うのだ。それを手玉に取る女は次々と投げ銭を投げさせる。リスナーは投げれば投げるほど承認欲求や自己顕示欲が満たされ、もっともっとと投げ銭をする。そういう意味ではWinWinの関係なのかもしれない。


 「あ、昨日仕事から帰ってきたら、匿名リスナーさんから届き物がありました」


 某ネットショップサイトに自身の住所を晒すことなく、他者から商品を買ってもらえる機能を利用して、リスナーに日用品などを買ってもらうことは配信者としてよくあることだ。どうやら女も貢いでもらえたらしい。


 「このまま開封しますね」

 「わくわくするぅ」

 「どの商品を買ってくれたんだろう」


 女は嬉々として箱を開ける。


 「わあ! これだったんだ!」


 届いたのは化粧品と高価なシャンプーだった。


 「ちょうどシャンプーの方も切れそうだったから助かるぅ」

 「匿名様ありがとう!」


 このように毎回日用品などが届くので、投げ銭に加えてかなりの生活の糧になっていることが伺える。これを実費で購入しようとすると、一か月の食費なんて飛んでしまう金額であろう。あらゆる手を使ってアピールをするリスナー。決して報われることは無いのに。


 「あとさぁ、最近スマホの調子悪くてそろそろ買い替えかなって思ってるんだよね」

 「でも最近のスマホって高いじゃん?どうしよかなって思ってて」


 あからさまなおねだりであるが、数名のリスナーは早速女が使っているメーカーの価格を調べ始める。当然リスナーの中にも金がある者から無い者までさまざまいるため、自分にすぐ購入できるか確認するのである。


 「外配信もしたいし、できれば一番いいのがほしいよねぇ...」


 当然だ。どうせ買ってもらえるなら一番グレードの高い物をねだるに越したことはない。

 このように女配信者は巧みに男心を操り、多種多様な商品を買ってもらうのだ。ただし、買ったリスナー自身が満たされているのであれば、第三者が口を出すことではないのだが。


 数日後、いつものように配信をした女に問題が発生する。


 「それでは今日も届いたプレゼントを紹介していきたいと思います」


 いつものプレゼント開封配信である。しかし、この後女はミスを犯してしまう。


 「じゃーん、今日は欲しかったコスプレ衣装が届きました!!」


 突然いつもと違うコメントが走る。


 「あ」

 「あ」

 「あーやっちまったw」


 何が起きたのか。最初女はコメントが何を意味しているのかわからず聞き返す。


 「え?!なになに??」


 その理由がコメントに流れる。


 「住所写っちゃったよ」

 「すぐ配信切って録画消して」


 囲いたちが焦って配信を切るよう促す。


 「あ、マジ? やば」


 女は狼狽してすぐ配信を切った。その五分後、再び配信が始まる。


 「やっちゃった」

 「みんな家に来ないでよ」


 半分冗談だが、半分は本気の言葉である。


 「気を付けないと変な人が来るから」

 「何かあったら警察に連絡してね」


 囲いたちも必死である。自分たちのアイドルが危険な目に遭うのを黙って見てるわけにはいかないからだ。

 こうしてその時は何事もなかったように配信は続けられ、これで問題が起こらない、はずだった。

 数日後、女がSNSでこんな内容の投稿をする。


 「どうしよ、今ストーカーされてる」

 「警察に相談に来てるんだけど、実害が無いとすぐには動くことができないんだって」

 「ただ、詳しいことは言えない」


 恐れていたことが起きてしまった。以前自宅住所をネットで晒してしまったせいで、それを見ていた一部のリスナーが彼女の家に無断で近づいていたのである。その後、女は配信を辞め、引越しをした後、SNSで今後は配信は一切しないという投稿をしてライブ配信をすることはなくなったのである。一か月ほどしてストーカーをしていた男が何者かが判明したらしい。その男は、“高額ギフトを投げていた”リスナーであった。

 ライブ配信は生放送なので、何かミスがあった場合修正が効かないのは当然である。それを見ているリスナーの中に、変な人間がいてもおかしくはないのだ。ライブ配信のリスクを負ってしまった人間の最後の一つが今回のお話である。

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画面越しの物語 泉 馨 @kaoru_g

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