画面越しの物語

泉 馨

第一枠 成金子供部屋おじさん

 とある田舎に住む無職の男。年齢は30代。今日も昼過ぎに起床し、おもむろにPCの電源を付ける。部屋には捨てられていないゴミが散乱し、それがピラミッドのように積み上がり壁のようになっている。しかし、これが逆に演出としては効果的なのである。この男は自分の私生活をインターネットで晒すことで、リスナーと言われる視聴者から金を得る生活をしている。彼のライバー歴は約10年。配信文化黎明期には、配信が金になるシステムがほとんど構築されておらず、逆にお金を払うことで配信時間を延長するなどの配信者側が金を払うシステムになっていた。当時、この男は実家で親に寄生して生きており、毎日毎晩生配信をし続けて、現在やっと配信が金になる時代に入り自活できるようになったのである。

 「ん、、今何時だ」

 男がゴミの山の隙間から顔をのぞかせている時計に目をやる。

 「もう十五時か。腹減ったな」

 もそもそ動き出した男は台所へ移動し、食料を物色する。実家に住んでいるのは本人とその父親だけである。男だけの家らしい散らかり具合で、新鮮な食材はほとんど見られない。男は手近なカップ麺に手を伸ばしてやかんで湯を沸かし始めた。

 「何時から配信すっかなぁ。今日は花金だから、少し遅い時間にしないと金を持ってるサラリーマンたちが見に来ないな」

 人間金は誰しも好きだが、この男も例外ではなかったらしい。金のことになると途端に頭が回転し始める。


 ここで説明をするが、配信の世界でも“ゴールデンタイム”と呼ばれる時間帯が存在する。人によって若干定義の誤差はあるかもしれないが、基本的には夜十九時~深夜二時の間とされている。この時間には、この男が言っているように“社会人”が見る可能性が高い時間帯となっている。社会人ということはしっかり働いていて、お金を持っている可能性が高いので、必然的に“投げ銭”をしてくれる可能性も高くなるのである。投げ銭は配信サイトによって呼び方が変わることがあるが、代表例としては“ギフト”などとも呼ばれることがある。配信者、もしくはライバーと呼ばれる人間たちにとって、この投げ銭が主な収入源となる。


 「あいかわらず親父の選ぶカップ麺はセンスがねぇなぁ」


 小声で文句をたれると、沸騰した湯を麺に注いでいく。どうやら醤油味のオーソドックスなカップ麺のようだ。

 「割り箸がねぇ。あ、いいや、昨日使ったやつが部屋にあるからそれを使おう」

 相変わらず衛生面では無頓着な男であるが、これくらいはまだまだ序の口、常温で放置されていた飲食物を食べてみたり、部屋をカビさせたりすることはザラで、彼の常連リスナーたちにとっては特段不思議なことではない。むしろ配信で写せばコメントが盛り上がるので、おいしい状況と言えるのである。

 男はカップ麺を十分も経たずに完食すると、昨日食べ残していたポテトチップスに手を伸ばす。数回口に運んだあと、飲み残しの空気が抜けたぬるい炭酸ジュースで流し込む。彼の食べ合わせのめちゃくちゃさ加減はリスナーの間でも有名である。特に人気のメニューは“三角コーナー丼”と言われるもので、三合の米をどんぶりに入れて、その上にシーチキンや豆腐、納豆、ふりかけ、マヨネーズをかけて、一気にかっこむというコンテンツだ。配信し始めの頃は、そういう行為を行っていなかったのだが、数年も経つとだんだんエスカレートしていき、最終的には酒と一緒に三角コーナー丼を肴に晩酌をするようになっていった。ちなみに、視聴者は酒のことを“ガソリン”と呼んでいる。なぜそう呼ぶかというと、酒が入ると途端に悪態をつき始めることから、爆発するガソリンに例えられている。


 「ふぁああ~」


 コメントでよく流れる“血糖値スパイク”とういべきだろうか、あくびをすると男は再び横になり、スマホで自分以外の配信者の放送を一通り監視した後、そのまま二度寝してしまった...。時刻は16時30分頃である。


 四時間後、長い二度寝から目覚める。

 「ん、良い時間に起きれたな。そろそろ金持ってるリスナーが帰宅している頃だから配信でも始めるか」

 無職男の“仕事の時間”である。PCを起動すると配信サイトへアクセス、カメラとマイクのチェックをし、配信開始ボタンをクリック。無職男の私生活がカメラとマイクを通して全世界へ発信される。


 「どーもー、なに?今日も社畜やってきたん?ご苦労様」


 いつものノリが炸裂する。金にならなかった以前の時代と違い、今では下手に働いてるサラリーマンより稼いでしまっている男はマウントを取るように話し始めた。


 「Mさん、ちわっす」

 「わこつ」

 「わこわこ」

 「よう、無職おっさん」

 「4ね」


 視聴者も思い思いのコメントを書き始める。もちろんライブ配信なので、コメントを書き込んでいる人間もリアルタイム視聴している。リスナーの“質”やコメントの“質”と言われるものがあるようで、それは配信者がどんな人間か、どんな配信をしてきたかで変わってくる。この男の場合は、上述の通り過激なコメントも散見される。配信初心者の人は辛辣なコメントに傷ついて、落ち込んでしまったり、最悪配信をやめてしまうこともよくあることなのだが、この男のメンタルは意味不明に強く、そんなに耐えられるなら働くこともできるのではないかと思えるレベルであるが、本人は絶対に働かないという固い意思、いや使命感ともいえる覚悟を有しているため、現在に至るまで配信業を“人生業”と称し、働くことはなかった。


 「君たち今日は何やってたの? 相変わらず無職ニートしてたん?」

 「どうせ若い女の配信でカタカタしてたんでしょw」


 カタカタというのはリスナーが配信者にチャット機能を使ってコメントをすることである。要は、仕事をしていたらコメントはできないはずなので、無職ニートと皮肉っているのである。


 「は?お前に言われたくねーわ」

 「4ね」

 「無職ニートリスナーが顔真っ赤にしてるwww」


 すかさずリスナーも男に対して様々な言葉で応戦している。いつもここは平和な世界だ。


 「あ!○○さん!! ギフトありがとうございますぅうう」

 「やっぱりニートリスナーと違って働いてる人は金持ってるよなぁ」


 男にギフトという投げ銭が来た。多くの配信者はこのギフトが来ると、各々が持つ“ギフト芸”というものを披露して、感謝と喜びを表現するのである。この男の場合は、スロットのジャグラーが大好きなので、ジャグラーの大当たりのBGMを口ずさみ、手抜きダンスを踊ることが通例になっている。


 「でたw 手抜きダンス」

 「もっと真面目に踊れや」

 「これ好きwwwww」


 肯定・否定どちらのコメントも入り乱れる。


 「いやー、いつもお金持ってるリスナーさんには食べさせてもらっています」

 「今日はまだカップ麺とポテトチップスしか食べてなくて、お腹空いてるんだよなー」


 男はカメラを手に取り、机の上に散乱したゴミと一緒に埋もれていた、寝起きに食べた空のカップ麺を躊躇なく写す。


 「ぎゃああああああ」


 阿鼻叫喚である。当の本人にとっては良いコメント稼ぎだ。

 今日のカップ麺ならまだしも、いつ食べたのかわからない空のコンビニ弁当や酒缶などが散乱しており、カビらしきものもちらほら見える。最近のWEBカメラは性能が良い物も多いので、綺麗な物も汚い物もあますことなく写しだすのだ。


 「なんでゴミを捨てないんだよwww」

 「今飯食ってるのに戻しそう」

 「4ね」


 この空気感がこの男の配信スタイルである。


 「腹減ってきたけど、俺特性のどんぶりみたい?」


 先述した、“三角コーナー丼”のことであろう。


 「みたい」

 「みたい」

 「みたい」


 リスナー謎の一致団結力が炸裂。


 「じゃあ投げ銭が1000円飛んだら作り始めまーす」


 投げ銭ねだり芸、このサイトではこのような行為を“古事記(乞食)芸”と呼ばれて、忌み嫌われている。しかし、この男は戸惑うことなく、そして容赦なくねだる。


 「あー○○さん! ギフトありがとうございますううう」


 ギフトという投げ銭をもらえたようだ。男はいきなり謙虚な態度に変わり、ギフトを投げてくれたリスナーに対して大絶賛の言葉を投げかけた。


 「○○さんがギフトくれたんで、どんぶりを作っていきたいと思います」


 男はおもむろに立ち上がると、台所へ移動し米を炊き始める。その後一度カメラの前へ戻ってくると軽く雑談をして一時間弱経った後、炊きあがった三合の米を大きいどんぶりに全部入れて、いつものようにツナ缶、マヨネーズ、納豆、豆腐を持ってきた。


 「ここまではいつもの材料だけど、実は特別ゲストの食材があります」


 特別な素材とは.....。


 「お!」


 リスナーたちも一斉に期待のコメントを打ち流す。


 「じゃーん、これです!」


 男が持ち出したのは、ちょっと良さそうな分厚いベーコンだった。おそらく季節ごとのギフトで扱われている大きいベーコンだ。実はこれ、本人が身銭を切って買ったのではない。


 「俺の囲いの○○さんが送ってくれました」


 なんと、ギフトだけでなく食材もリスナーからもらっているのだ。それも安い物ではなく、それなりに高そうな逸品だ。三角コーナー丼が高級三角コーナー丼になってしまった。


 「はい、これは真空パックで熱が通されているので、そのまま乗せちゃいまーす」


 本日の人気コンテンツが完成した。さらに男は続ける。


 「リスナーさんがくれたお酒がまだたくさんあるので、このまま晩酌いっちゃいます」


 起床して二時間も経っていない。この酒もまたリスナーから届いたものである。いつもケースで届くので、家の通路には酒のケースがずらっと並んでいる。毎日飲んでも何日かかるのだろうか。

 男は完成した夕食をがっつき始める。


 「いやぁーほんとこれリスナーさんにも食べさせたい。それぐらい美味いから」

 「本当に良いの?俺ばっかり美味いの食べちゃって」


 リスナーは安い飯でも食っているかのような発言をしながら貪っていく。


 「絶対食いたくないわ」

 「いや、材料的に不味いわけはないと思う」

 「4ね」


 思い思いのコメントが飛び交う中、今日も配信業、もとい、人生業を謳歌しながら配信者とリスナーの夜は更けていく.....。

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