第36話 ボウガン野郎の正体

 主人が撃たれ、地面に這いつくばって起き上がろうとしない。

 やれやれ、ここへ来ておサボりですか。いいご身分ですね。


「さぁて、次はどっちかな?」


「まるでわたくしを殺せるかのような発言ですね」


「あぁ、余裕だよ。お前は最高傑作だからな」


「…………?」


 この男の発言には少し引っかかるところがある。

 だけどそれをいちいち追求していられるほど、この場は甘いものではない。


 わたくしが気を抜けばその瞬間、刹那さんの体に風穴が空くことだってあるのだから。

 わたくしはチェーンを射出した。ただそれはボウガン男にではなく、刹那さんに向かってだ。


「む、むむぅ!?」


 不意をつかれた刹那さんは大きく驚いているようですが、もちろん傷をつけたいわけではありません。こちらに引き寄せて、護りやすくしただけです。


「恐ろしいほどに冷静だな」


「それはどうも」


「やっぱり次はお前だな。動作予知の子は本人が弱すぎて面白くない」


「どちらを相手にしようとも、立ち塞がるのはわたくしです」


「そうかよ!」


 ボウガン男は矢を放ち、次の矢を装填し始めた。

 わたくしはチェーン付きクナイで矢を撃ち落としていく。何発撃たれようと、すべて撃ち落とせる自信があった。


「白銀の魔女よ、今のところ奴におかしなことをしようという様子はないぞ」


「ありがとうございます」


 ボウガン以外に攻め手がないというのは、いささかカルマーの殺し屋にしては能力が低すぎる。

 おそらくまだ何かを隠している。それもとびきり殺傷能力の高い、何かを。


 わたくしは矢の撃墜から本体への攻撃に移った。防御面に関して何も対策をしていない男の胸部に、クナイが無惨に突き刺さる……はずだった。


「なっ……」


「うーん、こんなもんか」


 クナイは男の胸部に当たった瞬間に、まるで鋼の板に当たったように弾き返された。

 先ほどもそうだった。完全に胸を貫いたと思ったのに、クナイは力無く弾き返された。


 あのライダースーツが特殊なのか、それとも本人が異常なのか。今の段階では知る由もない。


「刹那さんは引き続きあの男の監視をお願いします。わたくしが盾になりますので」


「う、うむ!」


 刹那さんの声が明らかに震えている。有効打を与えられていない現状に怯えているのでしょうね。

 怯えも、怒りも、悲しみも、喜びも、すべて捨てろと命じられて生きてきた。


 わたくしには、勝利しかありえない。

 再び射出したクナイは、こちらも再び力無く弾き返された。

 でも、それでいい。

 わたくしは手を大きく動かし、クナイで刺す攻撃から切る攻撃に切り替えた。


「おっと」


 ライダースーツに傷がつき、褐色の肌が露出した。

 ライダースーツはごく普通のもので、褐色の肌、クナイを弾き返す力……。

 その特徴から、一人の男の顔が頭をよぎった。


「なるほど、あなたでしたかフレッジ」


「ははは、バレたか」


「フレッジ……?」


 わたくしの主人は倒れながら声を漏らした。少しは回復したようですね。


「ハルト様、どうかされましたか?」


「いや、……俺の予想とは違うなと思ってな」


「ううん。違くないよ、ハルト。僕は……ルーカスフレッジ」


「ちっ、やっぱりかよ」


 フルフェイスヘルメットを脱いだフレッジの顔を見て、ハルト様は悔しそうかつ残念そうな表情を浮かべた。

 フレッジは特異能力者を殺すカルマーにいながら、自らが特異能力者であるという異端児。


 その能力は、筋力コントロール。

 思いのままに筋肉を増やしたり減らしたりできるというわけです。


「なぜ正体を隠すような真似を?」


「いやぁ、僕という存在自体がシークレットだからね」


 特異能力者でありながらカルマーである自分が、表に立って活動するわけにはいかないということですか。


「よっ……と。やっと立ち上がれたな」


「ハルト様!」


「うわー、超高圧電流をものの8分で無かったことにしちゃうか。怖いね」


「ルーカス、お前は……」


「ハルト、カラオケ楽しかったよ。でもこれ、ぜーんぶ僕が仕組んだことだからね」


 フレッジはハルト様を煽るように、人差し指を立てて口元に置いた。


「お前のことは怪しいと思っていたさ。クリアな頭になって考えれば考えるほど、お前は怪しかった」


「へぇ、どんなところが?」


「日本語に疎い外国人を装っていたみたいだが、まるで日本人が外国人を馬鹿にしてカタコトで話しているみたいだった。それだけお前の文法に違和感がなかったんだよ。発音だけチグハグだったのにな」


「んー、言われてみればそうかもね。今度から気をつけるよ」


「ただ一個、本当にどれだけ考えても分からないことがあるんだ」


「そうだろうね。君たちの誰一人、それは断定できないだろうね」


 ハルト様は息を整えて、言葉を紡いだ。


「なぜお前はここにいる。一体、誰を狙っているんだ」


 ハルト様が核心をつく質問を投げかけた。

 確かにおかしい。カルマーは一人の特異体質者に一人の殺し屋を送る。


 もし失敗したとしたら、次にまた一人の殺し屋を送る。

 では、フレッジは誰を殺しにきた? ハルト様にはわたくしと、今は星華さん。刹那さんには名も知らぬ殺し屋が来て、その際にはもうフレッジは日本にいたという。


 なら、この男は一体誰を……。


「難しい顔をしているな、エルサ」


「フレッジ、あなたは誰を殺しに……」


「カルマーを抜けたエルサに答えてあげる義理はないね」


 フレッジは舌を出し、教える気はさらさらないという意思を見せてきた。

 ならば、もう話し合いは不用。


「殺すのみ!」


「無理だよー!」


 射出したクナイはフレッジの胸を狙ったものの、彼の胸部が肥大化してクナイを弾き返してしまった。

 伸縮性の高いライダースーツを着ていたのは、この体質を見破られないためでしたか。考えたものですね。


「ふははは、筋肉は鋼より強し!」


「うあああっ!」


「一之瀬星華!?」


 ハルト様が困惑の声をあげた。

 それも無理はない。戦闘不能に陥ったとばかり思っていた星華さんがグロック17の引き金を引いたのだ。


 しかし銃弾もフレッジの圧倒的な筋肉を前に、無力化されてしまった。


「筋肉は銃よりも強かったみたいだね。さぁ、次はどうする?」


 フレッジはボウガンを投げ捨て、筋肉のみで戦う意思を見せた。


「焦るなよみんな。まだ距離はある。落ち着けば……」


「距離がなんだって?」


「なっ!?」


 20メートルはあったはずの距離を、一瞬で目の前まで詰めてしまった。

 よく見ると足の筋肉が短距離選手のような構造になっている。そんな器用なことまでできるなんて……。


「ハルト様!」


 ハルト様の身体にチェーンを巻きつけ、わたくしと入れ替わるようにした。


「待てエルサ! 俺は死なないからいいんだ!」


「いいわけありません」


「その心掛けはいいね!」


 フレッジはわたくしのメイド服を掴み、そのままわたくしごと持ち上げた。


「くっ……」


「弱くなったねエルサ。君はもっと強かっただろう。組織の誰からも尊敬され、また誰からも妬まれた。そんな君はどこへ行った?」


「何を……」


「挙げ句の果てにこんな使用人の服を着るとは。落ちるところまで落ちたね」


「だ……まれ……」


「ふふ、こうしてやろうか」


 フレッジはわたくしのメイド服を引き裂いた。それと同時に、私の中で一つ糸がぷつんと切れたような音が鳴る。

 そこから先は、一切の記憶がない。

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