第35話 不明なる存在
俺が油断した瞬間、パシュッ! という軽い音がバルコニーに響いた。
目線を下げると、拘束した一之瀬星華の左腕に矢が突き刺さっていた。
「ううっ!」
すぐに一之瀬星華は呻き声をあげた。鮮血が流れ、バルコニーの地面が赤く染まる。
俺は無意識のうちに叫んでいた。
「エルサ!」
「わかっています」
俺たちは矢の飛んできた方向に体を向け、最大限に警戒した。
「1人は不死身、1人は雑魚のせいで死角にいる。もう1人は雑魚。まぁ、雑魚を撃つよね」
フルフェイスヘルメットに黒のライダースーツ。そして細身。
そう……ランナーズハイになった頭で考えていたが、こいつだけは解決していなかったんだ。
「よぉボウガン野郎。久しぶりだな」
「ふふ、右腕の借りは返したいからね」
フルフェイスヘルメットのせいでどんな面しているのか分からないが、確認するまでもなく下卑た笑顔を見せているのだろう。
「お前の存在だけ分からないんだ。何でお前は俺たちを狙う?」
「その理由は君が知ることではない」
「そうかよ」
俺は走りだし、またしても肉壁作戦を決行した。
エルサには後で謝ろう。それで済むなら安いものだ。
「晴人! 避けろ!」
「ッ!」
閑静なバルコニーに似合わぬ、少女の大声が響いた。
その声に反応したため、青色の矢は俺の胸部から15センチほどズレたところを通り過ぎた。
コンクリートの床に突き刺さった矢から青白い火花が上がっている。
俺はバルコニーにひっそりと置かれた観葉植物の陰に隠れていたのであろう黒髪オッドアイの美少女に向けて親指を立てた。
「ナイスだぜ、刹那!」
「ふん。晴人の様子がおかしいから次の行動を読んだらこれだ」
映画に行くってのは嘘だったわけだ。
刹那も俺の様子がおかしいと感じ、ずっと俺たちの様子を監視していたんだ。そしてここぞという場面で出てきてくれた。すごく助かるよ。
「あーあ、面倒だなぁ。動作予知の子まで来ちゃったよ」
欧米人のように、オーバーに手をあげて呆れたような態度だ。
それにしても、さっきの矢は何だ? 青白い火花ってことは高圧電流か?
とにかく殺意全開で俺たちを狙っているらしい。俺は不死身だからいいとして、エルサたちはただの人間。俺が何とか護らなければならない。
煽れば少しは逆上して隙が生まれるだろうか。試してみるか。
「さっさとそのヘルメット、取ったらどうだ? それともヘルメットしないと自信がないくらい不細工なのか?」
「あはは、いい煽りだね。でも残念。僕は自分の顔に自信があるよ」
「あぁそうかよ」
ちっ、まぁそんなに上手くいくとは思っていなかったけどな。
迂闊に動けない。だが近づかないとボウガンに矢をセットされる。
実際の時間経過よりも、5倍は長く感じた。
「ふっ!」
不意をついたように、エルサはチェーン付きクナイを投げた。
正確に心臓を狙った攻撃だ。これなら……
「ざんねーん」
「なにっ!?」
エルサのクナイはボウガン野郎の胸元で弾き返されてしまった。
あのライダースーツは防弾・防刃素材には思えない。いやもしそうだったとしても、エルサのクナイならそれくらい貫通できるはずだ。
それなら何で、あの殺意の塊のようなクナイを弾き返せる?
わからない。この男だけは、本当に目的も何もかもがわからない!
「さぁて、もう1発かな」
「させるか!」
矢をセットしようとしたところを俺が阻止しようと走り出した。だがボウガン野郎もセットしながら後退する。器用なやつだ。
「残念。君はここで退場だ」
「晴人! 避けろ!」
「がはっ!」
避け切ることはできず、俺の腕にボウガンの矢が突き刺さった。
体に何かが走ったことだけはわかる。ただ、それが何なのか、そしてどうすればいいのかはわからない。
死に至る傷は再生した。だが体が動かない。筋肉細胞一つ一つに電気が作用して、動きをロックされているみたいだ。
「く……そ……」
「さぁて、次はどっちかな?」
ボウガン野郎は刹那とエルサを見定めるように、その首を動かした。
『逃げろ』
その言葉すら、もう声にならない。
後はもう、エルサと刹那を信じるしかなかった。
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