第34話 必死の弾丸

 バルコニーへの入り口から赤いドレスで姿を表した一之瀬星華は、エルサに銃口を向けていた。以前所持していたベレッタ・ナノとは訳が違う。通常サイズの拳銃、まさに凶器そのものだった。

 そして何も躊躇することなく、一之瀬星華はその引き金を引きやがった。


「エルサ!」


「ふっ!」


 もちろん、なんの打ち合わせもしていない。

 もちろん、一之瀬星華の存在を教えてはいない。


 それでもエルサは、まるで予測していたかのように襲いかかる銃弾をチェーン付きクナイで撃ち落としてみせた。


「うそ……なんで……」


 一之瀬星華は驚愕の表情を浮かべた。

 対して俺は、おそらく笑っている。


「流石だぜ、エルサ」


「お褒めに預かり、光栄でございます」


 正直エルサが一之瀬星華の存在に気がついてくれるかは賭けだったが、上手くいってくれたな。

 昨日バーにて一之瀬星華は2度も俺と体を密着させた。つまり、俺の体に彼女の匂いが強く残った訳だ。


 エルサはやけに俺についた女の匂いに敏感だ。だから気がついてくれと願っていたが、やはりエルサは気がついていたみたいだな。


「動かないで! まだアタシの優位性は変わっていない」


 確かに俺たちがいるバルコニーの柵側と、一之瀬星華が立つバルコニーの出入り口側には20メートルほどの距離がある。

 攻撃能力的に銃の方が圧倒的に優れているのは言うまでもないな。


「どうだろうな、銃って結構当てるのが難しいと聞くぞ?」


「あら、アタシは銃の腕前ならカルマーでもナンバーワンだと自負しているけど?」


「あぁそうかよ」


 ずいぶん厄介なやつに目をつけられたみたいだ。

 そもそもカルマーで最強扱いされていたエルサが殺害に失敗したと認定されて俺を殺しにきた女だったな。そりゃそれなりには強い訳だ。


「エルサ先輩、答えてください。どうしてアタシの存在を見抜けたんですか?」


「あなたがハルト様と接触しているのは分かっていました。あなたの匂いがハルト様にべっとりと付いてしましたからね」


「へぇ、晴人がエルサ先輩を裏切った、とは思わないんだぁ」


「あり得ません」


 エルサは即答した。

 それはそうなんだけど、なんか恥ずかしいな。こんな戦闘中に。


「男の服についた女の匂いで気づくとかキモっ。もしかしてぇ、デキてるんですかぁ?」


 煽るように言葉を発した一之瀬星華を無視して、俺たちは少しずつ距離をつめる。

 その足先に、弾丸がめり込んだ。


「どさくさに紛れて近づこうなんて、最低」


「ちっ、バレてたか。おいエルサ、あいつの銃の性能は?」


「グロック17。その名の通り17発装弾できます」


「多いな、くそ!」


 まだ2発しか撃ってない。あと15発も凌がないといけないわけだ。


「それだけではありません、彼女はあのドレスにおそらく小銃を隠しています」


「予想は?」


「重心移動から察するに、HK416でしょうね。30発装弾可能なアサルトライフルです」


「なんでそこまでわかるんだよ」


「毎日それらを向けられる生活を送っていましたので。いやでもバカでも覚えますよ」


 おっかねぇ。そして、ろくでもねぇ。

 そんな組織認めてたまるか。屈してたまるか。


「でもお前なら大丈夫だろ?」


「そうとも言えません」


 珍しくエルサがプロフェッショナルではないことを言ったので、思わず耳を疑った。


「なんでだ?」


「わたくしがこのクナイを得意としているように、彼女の銃の扱いは見事なものです。カルマーで1番というのも嘘ではないかと」


「厄介な相手だ」


 どうする、距離はまだ18メートルはある。

 弾は拳銃15発に、アサルトライフル30発。俺はともかく、エルサが生きて勝つにはどうすればいい……。


「話は終わりました?」


「待っていてくれるんだな、まるで特撮の敵みたいだ」


「これから死ぬんです。少しくらいお話しさせてあげたいじゃないですか」


「優しいじゃねぇか。その優しさに免じて見逃してはくれないか?」


「ふふ、バーン!」


「うおっ!?」


 足先ギリギリを正確に狙い撃ってきた。どうやらガチで銃の腕はピカイチみたいだ。

 あの戦法は使いたくなかったが、このまま膠着してアサルトライフルとのデスマッチには突入したくない。


 相手が出し惜しみしている今、油断している今、やるしかない。


「エルサ悪いな、俺はまた無茶をするぞ!」


「ハルト様……まさか」


「そのまさかだ!」


 俺はバルコニーの綺麗な床を蹴り、一之瀬星華に向かって加速した。

 18メートルの距離くらい、すぐに詰めることができる。

 ただし相手もまた、向かってくる俺を殺すことくらい簡単だ。


「ばいばーい」


 一之瀬星華は笑いながら引き金を引き、弾丸は俺の心臓を貫いた。

 血を吐き、鉄の味と匂いが口腔内に広がった。


 身体中の力が抜け、バルコニーの固い地面に伏してしまう。


「あーあ、焦らなければもっといい思いをさせてあげたのに」


 一之瀬星華は気が抜けたように、銃口からあがる煙にふっと息を吹きかけた。

 もう勝利したつもりみたいだな。


 だとしたら、カルマーはずいぶん甘い教育をしているようだ。

 俺は咄嗟に手を伸ばし、油断し切っている一之瀬星華の足首を掴んだ。ずいぶん細い。栄養が足りていないようだな。


「なっ! こ、こいつ!」


 2発目、3発目と次々に弾丸が体にめり込む。

 1発目は痛かったが、連続して撃たれる今は痛すぎて逆に痛くない。


 ボロボロの体で、震える声を振り絞った。


「俺に……構っていて、いいのかよ」


「はっ!」


 気がついた頃にはもう遅い。

 凶悪メイドが、一之瀬星華の体をチェーンで縛っていた。


 エルサは一之瀬星華の体を持ち上げ、自分の方へと引っ張り上げた。なんて馬鹿力だよ。

 それを見届けるとようやく内臓が再生したので、俺はゆっくりと立ち上がった。


「ハルト様、この女はいかがなさいましょう」


「まぁ多島さんに任せるのが無難だな。また迷惑かけちまうけど」


 俺はメールを多島さんに送った。すぐに返信が来て、お怒りを受けた。今回は巻き込まれた側なんだから許して欲しいぞ。

 俺がメールを打ち終わると、一之瀬星華は睨みつけて叫んだ。


「何よ……何でアンタは生きているのよ! 急所を何発も撃ち抜いたのよ!?」


「俺の体質は洗脳体質じゃない。不死身体質だ」


 俺が真実を告げると、一之瀬星華は大きく目を見開いた。そして、がっくりと項垂れた。


「何よそれ……チートじゃない」


 確かにチートだ。

 でもこの体質は、自分の命しか護れない。


 だから、あまり好きではない。

 俺は一之瀬星華をちゃんと視界に入れ、真実を告げる。それからちょっとした提案もだ。


「つまりエルサは自分の意思でカルマーを裏切った。お前も組織に執着せずに、普通に生きてみたらどうだ?」


「アンタにはわからないでしょうね。普通って、どれだけ幸せなのか」


 俺を普通じゃない生活に引き摺り込んだカルマーの殺し屋がそれを言うか。

 何はともあれ、これで一之瀬星華の問題は一件落着だな。

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