第29話 贄(夕食ビュッフェ)
「贄の時間である!」
部屋に帰ってまったりしていたら、突然刹那が叫び出した。
ちなみに、こいつは中二病的な映画の影響を受けてか酷い中二病が再発しかけている。またすぐにエルサに怒られそうだ。
「夕食だろ」
「贄だ!」
ダメだ、脳に深刻なダメージを負ってしまったらしい。
ただ刹那の言っていることが間違いだらけではない。時刻は18時ジャスト。夕食ビュッフェの時間なのだ。
「じゃあレストランに行くか。えっと、15階か」
毎回どの階に何があるのか確認しなければならないため、ちょっと面倒だ。
とはいえそんな些細なこと、夕食への期待で薄まってしまう。
「行くぞ晴人、白銀の魔女よ! 我……闇の残像について来られるかな?」
「映画の影響を受けすぎだ。ちょっと落ち着け」
そう言って落ち着ける刹那ではない。今の刹那はさしずめ小学3年生の男子。はっちゃけたい盛りだ。
「ハルト様、わたくし頭痛がしてきました」
「俺もだ。せっかくアレも和らいできたのにな」
最年長なのに。20歳なのに。アレ扱いである。
どんでも駆け足で向かった闇さんこと刹那でも、エレベーターの待ち時間には屈したようだ。普通に俺とエルサが追いついてしまった。少し気まずい様子だ。
一緒のエレベーターに乗って、15階のレストランで降りる。ドアが開いた瞬間、ふわっと美味しそうな香りが鼻をくすぐってきた。
「ふぉぉ! 良いぞ良いぞ!」
「落ち着け刹那! あぁもう、行くぞエルサ」
「はい。まったく、落ち着きのない方です」
そう言いつつもエルサも少し歩く足が早くなっている気がする。
なんだよ、ちょっと楽しみなんじゃないか。安心した。
レストランのスタッフにチケットを渡し、確認が終わったら席に通された。4人がけの、白を基調とした清潔感あるテーブルだ。
「じゃあビュッフェだから自由に取ってきていいぞ。ただしテンション上げすぎて残すような量をとって来ないように」
「もしそんな量を取ってしまったらどうするのだ?」
「ネットに上げて炎上させてやる」
刹那は震え上がり、生まれたての子鹿のような足取りで料理を取りに行った。
さすが元大人気インフルエンサーだな、炎上の怖さをわかっていやがる。
「ハルト様、ネットにあげるのは……」
「あぁ、もちろん嘘だ。そんなことでカルマーに見つかったらしょうもなさすぎるからな」
ただ刹那を少しクールダウンさせないとレストランに迷惑をかけるかもしれないと思ったからあぁ言ったのだ。まったく、なぜ20歳にこんな気を使わないといけないのか。
俺とエルサも刹那に続いて料理を取りに行くために立ち上がった。
どれどれ……おっ、ローストビーフあるじゃねぇか。こんなん貧乏になってから食べてないからな、盛っておこう。
おぉ、パスタなんかもいいな。えっ、ここってイタリア料理ばっかりあるぞ? ってか国の料理ごとにスペースが分かれているのか! こりゃ何回食べても食べきれないな!
長時間迷った末に、国籍ごちゃ混ぜのカオスプレートが生まれてしまった。
まぁ、好きなもの詰め合わせたんだから美味けりゃいいんだよ。
エルサと刹那は先に席に戻っていて、俺の帰りを待っていたようだ。
「悪い、待たせたな」
「いえ。わたくしたちも今座ったところですから」
「そんなことはどうでもよい。さぁ贄を我が身にしてやろうではないか!」
要するに腹が減ったからもう待ちきれないってことだな。俺もだ。
「いただきまーす」
フォークにミートソースパスタを巻いて、口へ運ぶ。
トマトの酸味、ひき肉の存在感、玉ねぎの甘み。すべてが高水準!
「美味いな!」
「はい。やはり五つ星ホテルのレストランは違いますね」
「うむうむ、我の闇も共鳴しておるわ」
三者三様の反応をしているが、満足という点においては誰一人文句を言わないだろう。それほどまでに、圧倒して美味い。
「でもきっと……」
「ん? どうされました、ハルト様」
「あっ、聞かれていたか」
ぼそっと呟いただけのつもりだったんだがな。
「もう一度おっしゃってください」
「いや……こんな料理が毎日食べられたらなぁと思う反面、毎日これだときっとエルサの手料理が恋しくなるんだろうなぁって思ってさ」
「……変なハルト様ですね」
「むぅ、甘すぎるな」
「刹那、甘いの苦手なのか?」
刹那は否定するように首を振った。なんなんだ?
俺たちは全員おかわりのために立ち上がった。貧乏人は食い意地だけは一丁前なのだ。
「白銀の魔女はもうデザートか」
「ここはスイーツが美味しそうでしたので」
確かにエルサのプレートに盛られたケーキは見た目も凝っていて可愛らしく、また当然のように美味しそうだった。
「そうだ、写真撮って多島さんに送ってやろう。プチ自慢ってやつだ」
「スイーツでよろしいのですか? あの方は酒の当ての方が羨ましがりそうですが」
「酒の当てなんか警察に送ったら問題だろ。俺ら酒飲めない歳だぞ」
とんでもない説教を喰らいそうだ。それだけは勘弁。
エルサのプレートに乗った可愛いケーキたちの写真を撮って、多島さんに送信してやった。なんて返信くるだろうな。
結局俺たちは食べ放題のビュッフェなのをいいことに、プレート3枚分くらいの飯を食らった。
貧乏人を舐めてもらっちゃ困る。食べる時はとことん食べるぞ。
満腹になった俺たちは部屋に戻ったが、時刻はまだ20時前。寝る時間にはいささか早い。
「エルサは今からどうする?」
「温浴施設に向かおうと思います」
「ってことは早めに寝るつもりか?」
「はい。慣れない環境で少し疲れていますので」
意外と繊細だなこいつ。
「そうか。俺はまだ寝るつもりはないしなぁ」
俺がそんなことを言うと、刹那が目を輝かせてこちらを見てきた。
「……なんだよ」
「晴人よ、大人のレディたる我が筆頭眷属であるお前をバーに連れていってやろう」
「バーって、酒飲める歳じゃ……あっ」
忘れていたわけじゃない。こいつは20歳だと、ずっと思っていた。
だがその幼稚な言動からそう見えなかっただけで、改めて考えると刹那は酒を飲める歳なのだ。
一旦悩み、考え抜いた挙句刹那に尋ねることにした。
「バーって俺でも楽しめるか?」
「大丈夫だ。ジュースだってある」
「それなら行ってみるか。暇だし」
「決まりだ! 行くぞ晴人よ!」
刹那はバーのドリンクチケットを持ち、部屋から飛び出した。
それ意味ないんだよなぁ。ほら、ゆっくり出ても結局エレベーターで追いついた。
バーはホテルの9階にあるらしい。この時間なら大人たちもギリギリ集まっていなくて、人で溢れているということはないだろう。
俺の予想通り、まだ大人が活発に動く時間ではないようでバーはガラガラに空いていた。これなら刹那が騒いでも被害は最小限に抑えられるな。
バーはホテルの廊下よりさらに薄暗く、そしてほんのり甘い香りがした。大人だ、大人の雰囲気だ。
俺たちの来店に気がついた初老の男性が働く手を止めこちらに歩いてきた。
「いらっしゃいませ」
おぉ、ヒゲが立派なマスターだ。小学校の音楽室に写真で飾られていそうな顔だな。
「あちらのカウンター席へどうぞ」
「ありがとうございます」
俺と刹那は隣り合って座った。座ってから気がついたが、隣との間隔が狭いな。ちょっと肩が当たるぞここ。
もちろん人生初のバーに心音が少し高鳴るのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます