第28話 一期一会

 ……しまった。

 俺は8階のどこかもわからないところで立ち尽くしている。

 辺りはガヤガヤと賑わっていて、宿泊客たちは笑顔を覗かせている。

 そんな中笑顔でないのは俺だけだった。


「完全に迷ったな、これ」


 8階にはゲームセンターやスポーツ施設、それからボウリング場にビリヤードまであったのだが、とにかく全部があまりにだだっ広い。

 それもそのはずで、このホテルは構造上9階までが太く、10階以上から細くなる建築物だからだ。あべのハルカスみたいなものだな。つまりここ8階や1階のエントランスなどは自然と広くなってしまうのだ。


 マップにあるカラオケを探してはや10分。俺はこのアミューズメント施設で迷い人になったわけだ。

 もう諦めて誰かに聞こう。それがいい。


 とはいえ誰に?

 グループは聞きにくい。その場のノリがあるからこそ、その中には入っていきにくい。


 もちろん俺に女性に聞きにいけるほどの度胸はない。

 うーーん、まいったなこれ。


 そう半ば諦めていると、俺の目の前を金髪スーツ姿の男性が横切った。ホテルのスタッフさんだろうか、だとしたら話は早い。


「すみません!」


 俺は勇気を出して声を振り絞った。

 近づいてみると金髪の男性はめっちゃ高身長で、おそらく190センチを優に超えていた。しかも筋肉質。ボディガードみたいだ。


 振り返った金髪の男性は鼻が高く、肌は褐色に近かった。ラテン系のイケメン外国人だ。


「ハイ! ドウシマシタ?」


「あ、えっと……」


 まさか外国人だとは思わなかったので、面食らってしまった。

 そんな俺を察したのか、金髪の外国人はちょっと申し訳なさそうな顔になった。


「ゴメンネ、ニホンゴウマクナイヨ?」


「ごめんなさい、道を尋ねようとしたんですけど」


「アハハ、ブラジルからサイトシーングにキタボクじゃダメだね。staff!」


 いっとき流行ったお笑い芸人のような『スタッフ』の言い方ではなく、大声でカッ! と一撃で決めるようなスタッフへの呼び声だった。

 金髪外国人の大声で、本物のホテルスタッフと思われる人が走ってきた。


「ありがとうございます……えっと、サンクス」


「バイバーイ」


 ニコッと笑って外国人客は去っていった。

 ……うん、かっこいいな。

 例えばだけど、あんなイケメンがエルサの横を歩いていたらどうだ。うん、お似合いすぎる。


「うっ」


「お客様!? どうかされましたか?」


「いえ、ちょっと脳をセルフ破壊しちゃっただけです」


 これはよくない。脳に深刻なダメージを負わせてしまう。こういうマイナスな妄想はやめよう。

 スタッフさんに案内され、俺はようやくカラオケスペースに辿り着くことができた。


「それではお楽しみください」


「ありがとうございました」


 スタッフさんに一礼して顔を上げたら、目の前に鼻があった。

 ……うん、紛れもなく鼻があった。


「うおっ!?」


「ハハハ! ジャパニーズカラオケ! 目的地ガ同じだったみたいデスね」


「そ、そうだったんすか」


 どうやら外国人客もカラオケに来たかったようだ。


「コレもナニカノ縁です。一緒にドウ?」


「あなたがいいなら。あ、名前は……」


「ルーカス。ヨロシクねー」


「ルーカスさん。俺は晴人です」


「ハルト! オーケーオーケー」


 何がオーケーなのかは知らんが、とにかくハイテンションなルーカスにはついていくのがやっとだ。


 ルーカスはキビキビした動きでカラオケの部屋を予約した。

 チラッと予約表を見たけど、彼が勝手に取った予約が1時間でよかった。もしノリで3時間とかになったら喉が潰れていただろう。


 店員さんに言われた番号の部屋に入ると、2人にしては結構広めな部屋に案内された。さすが一流ホテル。


「ハルト、ジャパニーズカラオケは何度もキテイル?」


「最近は来ていないけど、昔はよく来ていたよ」


「それはココロヅヨイネ」


 聞けばルーカスはカラオケは初体験だという。じゃあ一曲目は俺が歌って、先導してやるか。

 採点機能をオンにして、俺が高校生の時に流行っていたJポップを歌った。


 ルーカスは知っている曲でもないだろうに、なぜかノリノリだ。ラテン系のノリ、すげぇな。

 歌い終わった瞬間、画面に82点と表示された。ちょっと低めだな。


「うーん、最近歌っていなかったからなぁ」


「ハハ! ハルト、ウタのうまさはエッチのうまさにも関係するヨ」


「どこで覚えたんだよそんな迷信」


「キイテイテネ。僕のウタ!」


 ルーカスは何を歌うのかと思えば、ごりっごりのアニソンだった。

 みんなが見るアニメの歌というより、一部のこってりしたオタクが見るようなアニメの歌だ。なんで俺が知っているかって? 俺も一時期アニメにハマっていたからな。


「ルンルンキミのヒトーミー、ウツスノハワタシだけでアリータイー」


 カタコトだが、しっかり歌えている。

 日本語もおそらくアニメで覚えたのだろう。熱心なことだ。


「フゥー!」


 歌い終わったルーカスは画面に表示された95点に満足したように拳を突き上げた。

 マジかよ、日本の歌で外国人に負けるか。


「やるなルーカス」


「エッチウマイカラネー」


「それは知らんわ」


 興味もないわ。

 ってか外国人ってこんなに性にオープンなんだな。初対面なのにこんなこと言うか?


 それから1時間、俺たちは初顔カラオケを楽しんだ。こういうこと、普段はできないけど旅行だったら心がオープンになって平気になるな。


「タノシカッタヨ! ありがとうハルト」


 ルーカスが手を差し出してきたため、俺はその握手に応えた。

 おぉ、やっぱりガッチリした腕だな。


「こちらこそありがとう。ルーカスはいつまでこのホテルにいるんだ?」


「んー、あと数日カナ」


「そうか。また会ったらよろしく」


「うん! ヨロシクねー」


 バイバーイと大きく手を振ったルーカスは笑顔でどこかへと去っていった。

 旅は一期一会。これもまた一つの思い出になるだろう。

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