第27話 最高のマッサージ
スパはホテルの10階にあるらしく、部屋より低層階ではあるが海を見ながらマッサージを受けられるらしい。
「ハルト様、チケットをどうぞ」
「おう、ありがとう。えっと1時間コースか」
1時間もあれば十分に癒されることだろう。
エレベーターの扉が開くと、目の前にマッサージ店が構えていた。
薄暗く、モダンな雰囲気だ。観葉植物にだけスポットライトが当たっている感じがオシャレだな。……いやごめんなさい、オシャレとかよくわからないです。雰囲気で言っています。
中に入って少し待っていると、細身で美人なお姉さん店員が出てきた。
「いらっしゃいませ。チケットはお持ちでしょうか」
「はい、2枚持っています」
「あ、カップル様ですね。少々お待ちください」
「え? いや」
否定しようと思ったらそのままお姉さんは裏へ行ってしまった。
まぁそうだよなー、カップルに見えちゃうよなぁ。仕方ないよなぁ。
しばらくするとお姉さんが戻ってきた。
「お待たせいたしました、カップル席現在空いておりますのでどうぞ」
「か、カップル席?」
何か普通と違うのだろうか。
でもエルサも否定していないし、確認してくれたのに今更カップルじゃないですっていうのも気が引ける。とりあえずカップルという体でマッサージを受けるか。
お姉さんに案内されたカップル席は、ちゃんとマッサージ台が2台あった。よかった、1台で密着するのかと思ったぜ。
「お着替え終わりましたらお呼びください」
「あ、はい」
お着替え? 着替える場所はどこだ?
キョロキョロと探していると、エルサは躊躇いなくメイド服を脱いでしまった。
「エ、エルサ!?」
「早く脱いだらどうです?」
「いやお前、少しは恥じらえよ」
「今更なんですか。一緒の部屋で生活しているのに」
「ま、まぁそうだけど」
「でも凝視したらすぐにクナイを投げますので」
「なんだよそれ! どっちなんだよ!」
恥ずかしいのか恥ずかしくないのか、感情を出してくれよ!
俺はとりあえず上着とシャツを脱いで、上半身裸のスタイルになった。
チラッと振り返ると、もうエルサも上半身は脱いでいてマッサージ台にうつ伏せになっていた。ためらいという日本語は勉強してこなかったのだろうか。
……メイド服のスカートも畳まれているってことは、たぶん下はパンツなんだよな。っておいおい、マッサージ店で元気になってしまったらシャレにならないぞ。
心頭滅却し、俺もマッサージ台にうつ伏せになった。
静かなブザーで店員さんを呼ぶと、二人のお姉さん店員がカーテンの奥から出てきた。
「それでは背中と足の1時間コースを始めさせていただきます」
「よ、よろしくお願いします」
こんなこと初めてだから、どうしても緊張してしまうな。
まずお姉さんは俺の背中に触れた。こり具合を確認しているようだった。
……人に背中を触られるのってなんかむず痒い。というか細い指でなぞられると恥ずかしいな。
「お兄さんかなり筋肉質ですね」
「え? そうですか? いやーあはは」
女性に褒められるとは光栄だ。周りの女性陣はみんな俺を貶すことの方が多いからな。
「お客さま!? 痛かったですか?」
「いえ。大丈夫です」
隣のエルサに何かあったのか?
まぁ、マッサージで気苦労が増えたら本末転倒。気にせず落ち着こうじゃないか。
「だいぶお背中お疲れのようですね。オイル失礼します」
「はーい」
背中に広げられたオイルは暖かく、またほのかに甘い香りがした。もうすでにリラックスできている気がする。
「梔子の香りです。お兄さんのことを考えて選んだんですよ」
「そうなんですね。ありがとうございます」
なんだこのお姉さん、俺のこと好きなのか?
なんてな、思春期男子の勘違いムーブをする年齢でもない。リップサービスってやつだろう。
「お客さま!? オイル熱かったですか?」
「いえ。大丈夫です」
やはり隣が少し騒がしいな。だが気にしない、気にしない。
やがてマッサージが本格的に始まった。
まずお姉さんの手が俺の肩から肩甲骨へ伸ばされていき、少し硬くなっている部分が自分でもわかった。これがこりってやつか。
「力加減は大丈夫ですか?」
「はい、ちょうどいいです」
手際良く、スムーズに肩から肩甲骨へ手が動いている。
最初は少しばかりくすぐったい感じがあったが、慣れると気持ちよさしか残らない。
肩甲骨から手が離れると、今度は首周りを重点的にほぐされた。
力がかかっているのは親指だろうか。圧力を感じて心地が良い。
何分経っただろう。できればまだ1分とか、それくらいがいい。そう思えるほどに、気持ちのいい時間を過ごせている。
やがて手は下の方へと向かっていき、腰を指圧するように揉まれた。
おおぉ、なんかゾワゾワする。
ほぼほぼニートの俺でも気持ちいいんだ、普段デスクワークなんかやっている人は天にも昇る心地だろう。
「はいお疲れ様です。足は休憩後に行いますね。毛布を体にくるんでお待ちください。お茶をお持ちします」
「あ、はい」
お姉さん2人が退室し、エルサと2人きりになった。
エルサは毛布を胸元にくるみ、俺にサファイアの瞳を向けた。
「いやー、気持ちよかったな」
「はい。日頃の疲れが吹き飛ぶようでした」
「はは、疲れさせて悪いな」
それにしても……今のエルサ、はっきり言ってエロいな。
薄暗くいい香りがする部屋で、目の前に薄布一枚のエルサがいる。これで興奮しない男はたぶん地球上にいないだろう。
「ハルト様、目線がその……」
エルサは腕で胸元を隠し、俺からサファイアの瞳を逸らした。
あまりにも凝視しすぎていたことに、今更気がついた。
慌てて目線を逸らし、震えた声で謝罪する。
「わ、悪い。ダメだとわかっていてもつい……」
「いえ、仕方のないことです」
理解力のあるメイドだ。それはそれで恥ずかしいけど。
「お茶をお持ちしました」
「あ、ありがとうございます」
次に何を言おうか迷っていたところだったので助かった!
俺もエルサもお茶を受け取り、ほぼ同時に口をつけた。
お茶は熱すぎない程度にホットで、非常に飲みやすい。気持ちお腹がポカポカするようだ。
「美味しいお茶ですね」
エルサが進んでお姉さんに話しかけた。珍しいな。
「ありがとうございます。こちら健康にいいものをギュッと詰め込んだサプリメントティーになります」
そんなものあるのか。
「持ち帰りたいくらいですよ」
「受付で販売もしております。40グラムで980円になります」
「あ、ありがとうございます」
俺も欲しいけど、たかがお茶にそんな金は出せないぞ。
財布の紐を握るエルサも諦めたような雰囲気を出していた。
休憩の時間も終わり、足のマッサージに移行した。
太ももから踵まで伸ばすようなマッサージを受ける。
背中のようなピンポイントのマッサージとは打って変わって、足はかなりダイナミックなマッサージだ。
「わぁ、お客さま美脚ですね」
「ありがとうございます」
どうやらエルサの足が誉められているらしい。
確かにエルサは足も美しい。というか、美しくない場所なんてあるのだろうか。
両足を偏りなく均等にマッサージされ、疲れが抜け切ったタイミングで終了のタイマーが鳴った。
「お疲れ様でした。お着替え終わりましたらまたお呼びくださいませ」
「はい。ありがとうございました」
なんか、体がポワポワして脳が半分寝ているようだ。
お姉さん店員が退室し、俺たちはさっさと着替えて外に出ても通報されない外見になった。
「んー! 気持ちよかったな、エルサ」
「はい。滞在中にもう一度来られるなんて夢のようです」
そう、1時間チケットはまだ1枚ある。だからまたこの施術が受けられるのだ。本当、いいホカンスだよ。
着替え終わったのでお姉さんを呼ぶと、特に追加のサービスはなくお会計になった。
無料チケットがあるのになぜかドキドキするのは貧乏人だからだろうか。
チラッと看板の料金表を見たが、俺たちの受けた60分コースは6500円らしい。いやもう、目玉飛び出る価格だぞ。
マッサージ店を出て部屋に戻ったらマッサージによる脱力からか、ついベッドに転がってしまった。
「ハルト様、だらしないですよ」
「いいじゃねぇか、誰も見てないんだし」
「わたくしは見ていますが」
確かに。好きな女からの冷めた視線が一番痛い。
俺はベッドから起き上がり、テレビが一番見えるふかふかの椅子に座った。
エルサは普段床に正座をしているが、今日は椅子に座っている。普段と違う姿を見られるのが、旅行の醍醐味ってもんだな。
そういえば、刹那はいま映画鑑賞中なんだよな。上映時間は……120分か。ってことはあと1時間は帰ってこないわけだ。
それまでずっとエルサと2人きり。いやいつも2人きりなんだけど、ホテルでってなると少し話は変わる。
「なぁエルサ、他に行きたい場所はあるか?」
「いえ。あとは夕食が食べられれば今日は満足です」
「そ、そうか」
なんかどこか楽しい場所に連れていったりしたいんだけどな。
館内マップを見て、エルサと行けそうな場所を探してみる。1%でも高い確率で、エルサが笑いそうなところを。
……思いつかない。
15分ほどマップを見てみたが、そもそも施設が多すぎてすべて把握するなんて不可能に近い。
まぁ明日も明後日もある。今日無理やり頑張る必要はないか。
とはいえ明日やろう明日やろうと引きずっていると当然のようにホカンスは終わってしまう。だから下見には今から行くことにした。
俺が立ち上がると、エルサは不思議そうな声色で尋ねてきた。
「お出かけですか?」
「あぁ、ちょっと遊び場の多い8階を見ておこうと思ってな」
「そうでしたか。わたくしはここで待っていますので」
「そ、そうか」
「お夕食に遅れないよう気をつけてください」
「オカンか!」
ツッコミを入れ、俺は部屋から出ていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます