第23話 エルサ唯一の趣味

 第三章 ホカンスの夢


 何もない、退屈な1日だ。

 依頼もない。エルサと同居しているからこそ起こるえっちなハプニングもない。テレビもない。ラジオもない。車持てるほど余裕もない。


 本当に退屈だ。つまらない。刺激が欲しい。

 でもだからと言ってエルサに怒られるようなことはできない。命がいくつあっても、なんなら不死身でも足りないからな。


 刹那の部屋に遊びにでも行こうか。いや、なんかまたエルサに拘束されそうだからやめよう。

 だったらアレだな、エルサと遊ぼう。エルサの趣味に乗っかればいいんだ。


「なぁエルサ、お前趣味とかないの?」


「趣味ですか? 強いて言えばスーパーの抽選会の補助券集めです。楽しいですよ」


 エルサは紫色の補助券を、まるで成金の万札のように手で広げた。


「あぁ、そういやそんな趣味もあったね」


 1人で楽しむ趣味だなぁ。俺と共有しようがない。


「ちょうど今日が抽選日ですけどハルト様も来られますか? 今回はなんと4回も抽選できますよ」


「そういうのって当たるのか?」


「ハルト様が毎日使っているティッシュなんかは抽選会で得たものです」


「へぇ。……毎日ティッシュってなんか語弊がないか?」


「違うんですか?」


「いや、それは……まぁまぁまぁ」


 返答に困る。


 エルサはもうメイド服に着替え終わっており、今にも買い出しに行こうかとしていた。

 たまには俺もついて行ってみるか。抽選会、どんなものか少しだけ気になるし。


「じゃあ行くか。着替えとか久しぶりだな」


「毎日パジャマ生活ですからね」


「優秀なメイドを持つと堕落してしまうんだよ」


「照れてしまいます」


 若干の皮肉が入っていたのだが、まぁいいか。

 こうしてエルサと2人きりで歩いて外に出るなんて、いつぶりだろう。それこそ一之瀬星華の一件以来だろうか。

 改めてこんな美人の横を歩けるなんてな。幸せ者だ。


「だんだんと寒くなってきましたね」


「もう11月だからな。電気代の高騰を気にしなくていい環境で、暖房入れて暖まりたいぜ」


「おや、それでしたら叶うかもしれませんよ」


「どういうことだ?」


「今回のくじ引きの1等賞、五つ星ホテルに2泊3日の滞在ですから」


「マジかよ! 夢があるな!」


 俺たちにとっては1等賞がそういう体験型の景品だと助かるな。

 下手にカラーテレビとかもらっても置き場所がないし、長期的には電気代も困る。


 俺のテンションは上がったが、エルサはホテルに魅力を感じていない様子だった。


「ですがそんないいホテルに泊まってもどうしようもありませんね。近辺に観光に行くお金もありませんし」


「甘いぞエルサ。いま巷ではホカンスというのが流行っているらしい」


「ホカンス? 何ですかそれ」


 流行に疎いエルサは、ホカンスを聞いたこともないかのようにカタコトで返した。


「ホテルって普通は観光の時の拠点にするだけだっただろ? でも昨今ではホテルに泊まることそのものを楽しむ旅行があるらしいんだ。それがホカンスだ」


「なるほど、なんとなく理解はしました。ただホテルなんて非現実的すぎてイメージが湧きません。組織でも滞在は空き部屋を勝手に借りるよう命じられていましたし」


 一之瀬星華の部屋も生活感があまり感じられなかった。きっとそれは今も続いているのだろうな。


「俺も耳にしただけだから正しいかはわからないけど、美味い食事に日頃の疲れを癒すスパ、アフタヌーンティーまで付いてくるらしいぜ」


 俺がニヤニヤしながらそう言うと、エルサはホカンスをイメージしたのか、サファイアの瞳を斜め上に向けた。


「ハルト様、いじわるしないでください」


「いじわる?」


「そんなの、行きたくなってしまうではありませんか」


 へぇ、エルサがここまで欲を出すなんて初めてかもな。

 だったらその欲望、俺が叶えてやりたい! そうしたらエルサの笑顔も見られるかもしれないからな。


「じゃあくじで引き当てるしかないな! 任せろよ、俺こういう運はわりとある方だと思っているんだ」


「ハルト様に運が? 失礼ですが何かの悪い勘違いかと」


「本当に失礼だな、おい」


 まぁ依頼人だと思ったらカルマーだったり、ただの警護かと思ったらカルマーが敵だったりとここ最近の運は最悪だ。

 ただ、こんな言葉を聞いたことがあるはずだ。確率は収束する、ってやつ。


 つまり……俺のここ最近の悪運を吹き飛ばすような豪運が、近々訪れるってわけだ!

 そんな会話をしていたら、決戦の地スーパーに到着した。


 ただのスーパーなのに、なぜか欲望渦巻くダンジョンに見えてきたぜ。

 いや、さすがにそれは刹那の影響を受けすぎただろうか。

 なんか恥ずかしくなった俺は咳払いをしてから腕を大きく回した。


「よし、早速引くか!」


「ハルト様お待ちください。まずは普通にお買い物をしてからです」


「何でだよ、一等が無くなるかもしれないだろ?」


「確率的にそんなにすぐは無くなりませんよ。それよりあと2枚補助券があれば、もう一回引くことができます」


「よっしゃ、確率アップだな! 1枚もらうにはいくら分買えばいいんだ?」


「500円で1枚です」


「思ったより高いんだな」


 100円で1枚くらいかと思っていたが、世の中世知辛いな。

 ん? 待てよ、500円で補助券1枚、補助券10枚で抽選1回ってことは1回の抽選に5000円かかるわけだ。


 エルサは4回抽選できると言っていた。つまり2万円も買い物したってことか?

 いや、そんなはずはない。そんな金がないことはこの俺が一番わかっている。なぜなら直近の飯はもやし・もやし・もやしだったからだ。


「おいエルサ、お前どうやってそんなに補助券を集めたんだよ」


「補助券などに興味のない男性客などはわたくしにくれたりしますよ。それで増えていくんです」


「……そうかよ」


 なんだ、そんな手があったのか。

 ふーん、男客からね。まぁ買い物に行けばそういう関わりもあるわな。


 俺が若干モヤモヤしていると、いつの間にかエルサが俺の顔を下から無言で覗き込んでいた。

 長いまつ毛が端正なエルサの顔を、より美しく見せる。


「…………」


「な、何だよ」


「いえ。嫉妬しているハルト様のお顔を拝見したかっただけです」


「なっ……嫉妬なんてしてないし!?」


「あら、顔に『俺以外の男と関わらないでほしい』って書いてありますよ」


「書いてあるか! そんなもん」


 そんな独占欲みたいなものないし。……ないし。


「おや、ではわたくしがホカンスの権利を手に入れたら、別の男性と行ってもいいのでしょうか」


 エルサがそう言った瞬間、俺は無意識のうちにエルサの腕を取っていた。


「はっ! わ、悪い」


「いえ。わたくしも少しからかいすぎました。申し訳ありません」


 驚いたな、まさか自分の中にこんな独占欲モンスターが住み着いていたとは。


「うまく言えないけど、これからもっと稼ぐから。カルマーだってぶっ壊せば定職にも就ける。そうしたらもう、俺以外の男から補助券もらう生活なんてやめろよ」


「……恋人でもないくせに、偉そうなことを言いますね」


「うっ、それは……そうなんだが」


「バツの悪そうなハルト様のお顔、好きですよ」


「す、好きっ!?」


「えぇ、まるでイタズラがバレて困っている3歳児のようで」


「……いやおい! 馬鹿にしているだろエルサ!」


 ちょっとでも期待した俺がアホだった。

 エルサはもう切り替えたのか、何を買おうか吟味していた。

 はぁ、心臓に悪いぜ。エルサと恋人になれたらなんて、自慢じゃないが千回は妄想した。


 でも、惚れた女の笑顔も見られないような男に告白する資格なんてないだろ。少なくとも俺はそう思う。


「ハルト様、そういえばお米が底をつきそうでしたので、お米を買いますね」


「あ、あぁ。わかった」


 突然現実に戻されたので、驚いて声が震えてしまった。


「むぅ……」


 米のコーナーでエルサが小さな声を出した。

 何を悩んでいるのかと思えば、いつも買っているらしい米が2kgで税込986円だったのだ。なるほどこれでは補助券2枚貰えないな。


「ちょっとランクアップして、1125円の米を買ったらどうだ?」


「どうしても罪悪感を覚えますね」


「まぁそれがなきゃ1回も抽選できないわけじゃないしな。エルサに任せるぞ。お前の趣味だ、好きにすればいい」


「ハルト様がそうおっしゃるのなら、補助券を優先させていただきます」


「おう、それでいい」


 やっぱり、エルサにはこうして自分を出してもらいたいな。

 欲を言えば感情も表に出してもらいたいが。

 エルサは高い米を買い、レジで補助券をもらって俺の元へ戻ってきた。目当てのものが手に入ったというのに、真顔のままなのは少し怖いな。


「ハルト様、抽選会へ行きましょうか」


「お、おう。米持つよ」


 エルサから米を受け取り、エルサの後をついて行った。

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