第22話 どんなお前も受け入れる

 刹那の件から数日経って、俺とエルサはまったりと過ごしていた。

 報酬金10万円が手に入ったことで、少しだけ心と生活に余裕が生まれたからだ。といってもまだまだ財布は寒いままだけど。


 まったり静かに過ごしていると、隣の部屋からガタゴトと音が聞こえてきた。

 ん? 隣の部屋は空き部屋だったはずだが。誰か引っ越してきたのか?


「おいエルサ、ちょっと隣を確認してこいよ」


「ハルト様、行ってきてくださいよ」


「メイドが主人をアゴで使うんじゃない」


 こうなったエルサは梃子でも動かない。仕方なく俺が外に出ると、そこには黒髪の美少女が立っていた。左目は茶色で、右目は黄金色のオッドアイ。

 マジマジと凝視するまでもなく、刹那がそこに立っていた。


「せ、刹那!?」


「ふはっはっはっ! 久しぶりだな筆頭眷属よ」


「なんでここに!? ってかなんで隣の部屋に家具が運び込まれているんだ!?」


「むー、最新の狂乱の宴を観ていないな? 我はもう配信業を引退したのだぞ」


 刹那の言葉に、俺は電流が走る思いだった。

 だが冷静に考えるとそれは正しい判断だ。なんてったって刹那はカルマーに狙われている特異体質者だ。配信を続けていたら生存がバレるし、やめて正解だろう。


 それにここなら住所もバレないのは俺たちで証明済み。さらなる念の為を考えたら、俺たちの隣の方が安全だ。

 よく考えると全部理にかなっているな。

 とはいえ聞きたいことは山ほどあるぞ。


「じゃあ配信業をやめて、ニートになってここに引っ越してきたのかよ」


「我を堕落の戦士のように言うのはやめよ! 我は狂乱の宴で得た財宝をたんまりと貯めておったのよ。それを使って生きていくのだ」


「つまり配信で稼いだ金があるから、当面はそれで生活していくよってことか」


「ふっふっふっ、やはり晴人は筆頭眷属だな」


 刹那が顔を染めてそう言うと、中からエルサがひょっこり顔を出した。


「ひいっ!?」


「チッ」


 悲鳴をあげた刹那に目もくれず、エルサは舌打ちした。……少しは隠そうとしろよ。


「ハルト様、まさか隣に越してきたのはこの女ではないでしょうね」


「そのまさかだ。これからは隣人だ。仲良くするぞ」


「よ、よろしく頼……お願いします」


「えぇ。隣人として、常識ある・一般的な・普通の・ありふれた・付き合い方をしましょうね」


 エルサの真顔握手にビビっている刹那は中二病言葉をすぐに引っ込めた。

 こんなんで隣人関係を築けるのかね。不安しかないんだが。


「と、ときに晴人よ! お主はいま暇を持て余して油を売っていたな?」


「決めつけるな。そうだけどさ」


「ならば荷解きを手伝え!」


「勝手にわたくしの主人をアゴで使わないでもらえますか?」


「どの口が言うんだよこら」


 俺をアゴで使う奴の筆頭じゃねぇか。


「ちょうどいい、エルサも手伝え」


 俺がそう命じるとエルサは表情こそ変わらないものの、心底嫌そうな雰囲気が出した。

 どれだけ苦手な相手でもこれから隣人になるんだ。ちょっとは仲良くなって、歩み寄ってもらわないと困る。


 刹那の部屋に上がらせてもらうと当たり前ではあるが間取りはうちと同じだった。新居なのに狭いなぁ。いい平屋に住んでいたお嬢さまがこんなところで暮らせるんだろうか。

 引っ越し業者からの荷物搬送が終わり、狭い部屋は段ボールで埋め尽くされた。


「そうだ刹那、パソコンとかスマホとかは全部新品に変えたか?」


「もちろんだ。晴人から聞いて驚いたぞ。我の電子機器にコンピュータウィルスを送って、最狂乱の宴にぴったりの場所かのようにあの中華料理屋に誘導されたのであろう?」


「あぁ。あのロン毛男はかなり緻密に作戦を練っていたわけだ」


 ロン毛男の持っているデータがカルマー本部に送られるシステムだったら生存がバレてしまうので、電子機器は総取り替えが正解だ。


 もし刹那に出会ったとき、俺が特異体質者かもと疑えていなかったら、連絡先を交換した俺のスマホにもウィルスが送り込まれたかもしれない。そうなっていたらと思うとゾッとするな。

 確認もそこそこに、ぼちぼち荷解きの作業を始めることになった。


「んじゃこの箱から開けていくぞ」


「うむ……は、晴人待て! その箱は!」


「え?」


 俺が開けた箱にはどっさりと、黄色いレースのパンティとブラジャーが詰められていた。


 下着箱だったか! 目を瞑らなきゃいけないのはわかっているんだけど、なぜか目を逸らせない!

 20歳の、大人の誘惑から目を逸らせない!


「晴人……見たなぁ!」


「し、仕方ないだろ今のは!」


「ハルト様、狙いましたね」


「そんなわけあるか!」


「刹那さんお気をつけを。ハルト様は女性の下着を狙い撃ちする特異体質を持っているので」


「そんな体質があるなら取り替えてほしいわ!」


 そっちの方が実用性がありそうだ。

 俺は迂闊に箱を開けたらダメそうだ。慎重に、刹那本人に確認してから開けよう。

 みんな黙々と荷解きを始めたが、刹那には確認しなければならないことがある。


「なぁ、刹那って自分の体質に気がついていたのか?」


「……あぁ。でもこんな体質、誰にも受け入れてもらえないだろう? なんとなく他人が次にどんな行動をするかわかるんだ。気味が悪いだろう」


「はぁ、お前はそればっかりだな」


「え?」


「本当の自分は受け入れられない。弱い自分は受け入れられない。この体質は受け入れられない。そればっかりだ。今までの人生、どんな苦労があったかはわからないけど、俺は絶対に刹那を受け入れないなんてあり得ない。だから自信を持って自分を出してこい。見てみろ、このメイドなんて癖しかないぞ」


「照れてしまいます」


「褒めてないわ」


 俺の言葉に、刹那は小さな涙を流した。

 それでも数秒後に、俺に眩しい笑顔を向けてくれた。


「ははっ、晴人は本当にいい奴だ。筆頭眷属の鑑であるぞ」


「だろ?」


 実は今の言葉は、刹那だけでなくエルサにも向けた言葉のつもりだった。


 お前はお前の感情を出してくれ。そう願っている。

 だけどエルサは、無表情のまま黙って荷解きをしていた。

 いつか、いつか絶対、お前の笑顔を拝んでやるからな。覚悟しろよエルサ。


 刹那の荷解きは数時間に渡った。

 その後は刹那から引っ越し蕎麦が提供され、俺たちはタダ飯にありつくことができた。


 もう刹那は、自分を隠そうとなんてしなかった。

 ありのままの、自分がそうでありたい刹那で接してくれた。

 それが、白銀の魔女ことエルサ相手でも。

 刹那という少女は一つ、強くなったのだと思う。

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