第14話 中二病を和訳せよ

「それで聞きたいことはいっぱいありますよ。まずは……」


「胸のサイズは?」


 不意にエルサが割り込んできたため、漫画のようにずっこけてしまった。

 刹那は胸に手を当て、恥じらうように視線を逸らしてしまう。ちなみにその胸は薄い。


「エルサ! 何聞いているんだこら」


「えっ? ハルト様が一番知りたい情報では?」


 代わりに聞いてあげたんですけど? みたいな顔をされるとちょっとムカつくな。女性が絡むといつもこうだ。


「躾のなっていないメイドですみませんね。それで、どうしてこの家を知っているんです? ここは完全非公開。訳あって知られたらマズいんですよ」


「簡単なことよ。爆チャンネルでお主たちのことは小さな噂になっておる。警察が動けないケースに手を貸してくれる闇の何でも屋、とな」


「ハルト様、爆チャンネルとは何でしょうか?」


「先に俺も詳しくは知らないとだけ言っておくぞ。だから偏見になるが、ネット世界の掃き溜めの集まりだ」


 爆チャンネルとは一言でいえばインターネット掲示板のことだ。

 一度だけ興味本位で爆チャンネルを覗いたことがある。あれをひと言で表すのなら、地獄、がお似合いだろうな。


 顔も知らない人が日々罵り合い、噂を垂れ流し、あることないこと無責任に書き散らかす。そんな地獄だ。

 普通に生活していたらまずそんな掲示板を見ることはない。つまりネット世界に情報が流れていたとしても、カルマーに知られる危険性は低いということだ。現にエルサもまったく知らないみたいだしな。


「つまり刹那……さんは俺たちに依頼したいことがあってここに来たということで間違いないですか?」


「その通りである。我と血の盟約を交わし、深淵で踊ってもらおうではないか!」


 今のを一般語訳すると、「私と契約して闇バイトをしてください」ってことか。うん、わかりにくい。


「仕事はしましょう。それで内容は?」


「うむ。我の最狂乱の宴での警護である!」


「最狂乱の宴……?」


 俺の知識が正しければ、狂乱の宴とは刹那ワードで言うところの生配信のことである。それに最という言葉がつくということは、何か特別なイベントのことなのだろうか。


「最狂乱の宴とは何です?」


 中二病という文化に一切触れたことのないエルサはど直球に聞いてみせた。まぁそれが一番近道だからな。助かるよ。


「最狂乱の宴とは、まさしくもっとも眷属たちが血湧き肉躍る時! 我と感覚をリンクして、逢魔が時に電信世界でなく現世にて行われる最強の宴である!」


「なるほど、ハルト様、この方を1発ぶん殴ってもよろしいでしょうか」


「いいわけないだろ」


 仮にも依頼人だからな。


 さて一般語訳しないと。「もっとも眷属たちが血湧き肉躍る時」ってのは要するに一番ファンが喜ぶ時ってことだ。「我と感覚をリンクして」ってことはオンラインでなく対面でと推察できる。その後の「電信世界でない現世で行われる」ってのとも辻褄が合うしな。


 それらの情報をまとめると……


「要するに夕方にオフ会するからそのボディーガードをしてくれってことですか?」


「うむ!」


 刹那の表情がぱあっと明るくなった。

 この子、中二病抜きに考えればめちゃくちゃ可愛いな。


「よく解読できましたねハルト様。わたくし初めてハルト様のことを尊敬できました」


「初めてってところに引っかかるがまぁいいだろう。その調子でどんどん尊敬してくれ」


 それにしてもオフ会か。俺の知っている限り、刹那はオフ会を開いたことはないはずだが……。


「これまでにオフ会の経験は?」


「ふっふっふっ、ない」


 ふっふっふっ、の部分の必要性を問うのはやめてあげよう。


「つまりオフ会なんて初めてで、アンチとか厄介ファンとかがいないか不安なんだけど、警察に相談してもこんなことでは動いてくれないから俺を頼った。ってことですね?」


「気に入った!」


「えっ?」


 急に刹那は立ち上がり、俺に向かって人差し指を向けた。


「汝は我の真意を見抜く心眼を持っておる。よかろう、我の筆頭眷属としてやろう」


「は、はぁ」


 ありがたいような、いらないような。


「それでオフ会とやらはいつ行われるんです?」


「永久なる闇が、分断されし光を生む時!」


 その言葉を聞いてエルサは突然立ち上がった。


「ひょ……」


 刹那が小さい声をあげている間に、エルサはメイド服のスカートからチェーン付きクナイを射出した。


「エルサ!」


 俺が叫ぶとクナイは刹那の鼻先で止まり、やがてエルサの手へと戻っていった。

 こいつ、俺が止めなければ普通に刺すつもりだったんじゃないか?。


 エルサは真顔のまま、恐ろしく冷たい声を出した。


「次そのふざけた喋り方をしたら脅しでは止まりませんよ」


「ひ、ひゃい……」


「もう一度問います。オフ会とやらはいつ行われるんです?」


「い、1週間後です……」


 刹那はぷるぷると体も声も震わせながら答えた。

 かわいそうに。でも何でだろう、ちょっとスッキリした自分もいる。


「時間に余裕はありますね。ハルト様、警護と言っても相手は一般人ですし、簡単な仕事ではないですか?」


「いや、甘いぞエルサ」


「えっ?」


「刹那さん、オフ会に参加するための条件は何ですか?」


「先月の特別配信で5万円以上の投げ銭をした視聴者から希望者を募って、抽選です」


 もう中二病な言葉遣いを一切使わなくなってしまった。これはこれで刹那のアイデンティティを壊してしまったみたいで申し訳ないな。

 いや、変なこと気にしている場合じゃない。こっちにとっては久しぶりの仕事の話なんだ。


 ……参加条件は5万円以上の投げ銭をしている人、か。


「ってことはそのオフ会に来る人は大ファンであるってことだ。俺たちは刹那さんの警護に、あくまでファンの1人として参加する。いわば私服ボディーガードだ」


「そこまでする必要が?」


「……あぁ。念の為ってのもあるし、ファンの中に紛れていた方が自然だろう」


「募集者はインターネットで集めて、抽選もパソコンで?」


「はい。座席も抽選ですが、私の隣はあなたにお願いしたいと思います」


「晴人でいいですよ。まだ18なんで」


「では……晴人に隣に座ってもらおうと思います」


「分かりました」


「ではわたくしはそのさらに隣ですね」


「……えっ? お前も来るの?」


「当たり前でしょう。わたくしはハルト様のメイドですから。それに弱っちいハルト様一人いたところで何の頼りにもなりませんからね」


「弱っちいってお前なぁ……」


「それともわたくしが来ると何か問題でもあるのですか?」


 エルサは表情は変わらないものの、何か怒りのようなものをほんのり感じなくもない。なんでなんだ。


「ないけど……大変だぞ」


「エルサさんもお願いします」


 刹那は机に額がつきそうなくらい深いお辞儀をした。よほどトラウマになっているのか、エルサは恐怖の対象らしい。

 刹那はスマホで時間を確認して、慌ただしく立ち上がった。


「今日の配信時間に間に合わせないといけないのでこれで失礼します。また連絡したいのでSNSの交換をしてもいいですか?」


「……ごめんなさい、仕事がらSNSはやってないんです。携帯電話もありません」


「そうですか……固定電話もなさそうですし……」


「住所を教えていただければ4日後くらいに直接お伺いしますが」


「ありがとうございます。じゃあ住所を紙に書いて渡しますね」


 そう言って刹那はメモ帳に住所を記して去っていった。


「ハルト様、なぜ携帯電話がないと嘘を? 夜這いに行くために住所を聞いたのですか?」


「んなわけあるか。念の為だ」


「いつもはメールでやり取りされるのに」


「念の為だ」


「…………」


「それよりエルサ、お前も来るならこれから大変だぞ」


「なぜです?」


「オフ会ってのは刹那ガチ勢、つまり彼女のことを愛している人たちばっかりが集まるんだ。そこに潜入するんだから、こっちも知識をつけなきゃいけない」


「……というと、まさかですが」


「そう、これから毎日刹那の配信を見て、それからできるだけ過去の配信も見るぞ。勉強の時間だ」


「ハルト様、わたくし1週間後に急用を思い出して……」


「諦めろ。もうお前はこっちサイドに来るしかないんだ」


 エルサは俺の前で初めて、はっきりと肩を落とした。

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