第15話 刹那の家
「じゃあやるぞ。覚悟はいいな、エルサ」
「はい。これが緊張、というものなのでしょうか」
エルサはいつになく視線が動いていた。自信のなさの表れだろう。
無理もない、これが初めてなんだ。
俺だって経験豊富なわけじゃない。でも、こういうのって2人で乗り越えていくものなのだと思う。
エルサの緊張をほぐすため、俺は少し肩を揉んでやった。エルサは小さな声を出し、覚悟を決めたようにサファイアの瞳を潤わせて俺を見つめた。
「……狂乱の宴へようこそ我が眷属たちよ!」
「サンクス・マイ・ダークネス!」
「我の血が震えるぞ!」
「ブラッド・スプリング!」
「生け贄をたくさん用意した!」
「死という名のスパイスを我が闇に!」
「よし、完ぺきだな」
特殊なプレイではない。
刹那の配信において、よく出てくるコメントの暗記をテストしただけだ。
「ふぅ、今までの人生で一番辛かった4日間だったかもしれません」
「そんなにかよ」
「嘘です。カルマーの訓練の方がよほど辛いです」
「なんでそんな嘘ついたの?」
いじりにくいわ。
エルサは俺の問いには答えず、刹那の過去配信を見直し始めた。
俺たちはファンに紛れてオフ会に参加しても大丈夫そうなレベルにはなった。あとはボロを出さないだけだ。
といっても、2年来のファンには見抜かれてしまうかもしれないので、オフ会までの後3日間も勉強だな。
今日はエルサは勉強でいいとして、俺は当日の詳しい打ち合わせのために刹那の家へと向かうことになっている。
もちろん俺は車の免許など持っていないので、バスで行くことになった。調べてみたら結構な田舎で、バスでも片道50分。料金は片道1100円。となると2人で行くという選択肢は無くなり、俺1人で行くことになったわけだ。
「じゃあ行ってくるから。留守番は頼んだぞ」
「ハルト様お気をつけて。あと人の気配ない田舎なのをいいことに、あの刹那という娘に手を出さないように」
「出すか!」
「そうですよね。可愛いとは思いつつ、あまりタイプの女性ではありませんもんね」
「んー……」
話通じねぇ!
でもまぁ俺のタイプではないのは確かだ。エルサや一之瀬星華の方がタイプではある。決して胸で決めているわけではない。決してだ。
無駄口を叩いていたらバスの時間が迫っていたので、足早にバス停へと向かった。田舎へ向かうバスだからか、1時間半に1本しか来ない。
バスに乗り込むとやはりと言うべきか、全然乗客はいなかった。数年後には廃線になってそうだな。
バスが進むたびにどんどん景色は緑色に変化していき、山に近づいているからか曇ってきた。なんかこう、デジタルデトックスみたいで目には良さそうだ。
バスに乗り込んで約1時間後……
「ようやく着いた……」
さすがに腰が痛くなってしまった。
こんなバス停で誰が降りるんだと思ったけど、1人外国人が降りていった。日本の田舎ブームってやつだろうか。
紙に記された住所に向かうと、築年数の古そうな、しかし趣がある平屋に辿り着いた。
おかしいな……刹那の配信は洋室から配信していたはずなんだが。
インターホンを押す前にドアが開き、刹那がぴょっこりと顔を出してきた。
「……何をそんなにキョロキョロと?」
「今日はあの白銀の魔女はいないのか?」
「白銀の魔女? エルサのことですか? それなら今日はいないですよ。バス代が高いので」
「そうか! ならばよい」
あっ、中二病を貫けるから喜んでいるんだな。あれ? ってことは今日はずっとあの中二病言葉に付き合わされるの? しんど。
「筆頭眷属たる晴人よ、よく来たな。我が屋敷へと案内しよう」
「どうも」
「それと、晴人は筆頭眷属なのだ。だからその……」
「ん?」
「わ、我を必要以上に崇め奉る必要はない!」
必要以上に崇め奉る? ……敬語を使わなくてもいいよみたいなことか?
「タメ口でいいならその方が楽だから助かるよ」
「う、うむ! それでよいのだ」
刹那は満足したように平屋の中へと入っていった。
失礼だけど友達とかいなさそうだしなぁ。本当はこういう関係を築くことに憧れていたのかもしれない。
「お邪魔します」
ギシッ
と、床を踏み締めたら音が鳴った。結構はっきりと。
なんだこれ、二条城の鶯廊下かよ。
「太古の昔より聳え立つ我が城だ。しかし、この部屋だけは次世代を取り入れた摩天楼となっておる!」
摩天楼って、平屋じゃねぇか。
「わ、我の部屋だ。あまりマジマジと見るなよ?」
「見ねぇよ」
俺のことをなんだと思っているんだ。
一之瀬星華は部屋というよりアジトにしていた感じだから、刹那の部屋が俺の人生初の女子の部屋になりそうだな。
いやー、全然心躍ったりしないね。小言を言うエルサがいないからって、ちょっと期待したりなんてしていないもんね!
「お邪魔しまー……うおっ!?」
部屋のドアを開けた瞬間、何か動物の骨のようなものが視界に飛んできた。
「な、なんだこれ!」
「魔の山羊の骨よ。この前狩ったものだ」
「部屋の隅にAm○zonの箱が見えるけど」
「ま、マジマジ見ないでって言ったでしょ!?」
「うぐっ!」
刹那は俺の目を隠すように手を伸ばしてきた。
小さな手は柔らかく、また温もりを感じた。まぁちょっと痛いだけで、この辺は普通の女の子だな。当たり前だけど。
ってか焦ると中二病が無くなって素が出るんだ。ちょっと面白いな。
「まぁいいや。とりあえず上がらせてもらうぞ」
山羊の骨はともかく、それ以外は平凡な女子の部屋だった。まぁ若干黒めな色が多いけど。
「配信中はもっと血生臭いインテリアとか置いていなかったか?」
「ふふ、この中にあるぞ。深淵だ。見るか?」
「おう。本当だ」
「乙女のタンスを勝手に開けないでよ!」
「す、すまん」
どうも刹那には女の子判定しないな。中二病だからかな?
にしても俺が開けようとする前に俺の手を掴もうとしたよな。失敗したけど。
「なぁ、刹那って……」
「そんなことより、さっさと3日後のオフ会当日の打ち合わせを始めるぞ。我を守るのだ、責任重大であるぞ」
「はいはい」
なんか俺の周りの女性って俺を振り回すタイプが多いよな。主導権を握られがちだ。
刹那はパワポで作ったようなスケジュールを机に置いて、事細かに説明してくれた。
中二病言葉が入るので一般語訳に悩む時間が無駄すぎたものの、なんとか解読してスケジュールは把握できた。
「17時スタートの19時終わり。計2時間か」
「生け贄食べ放題がその時間だからな」
「ただの中華料理だけどな」
中華料理食べ放題120分プランの中でオフ会するよってことを言い換えるとそうなるのか。ある意味国語の才能がありそうだな。
刹那は円卓テーブルが書かれた紙に名前を埋めていき、満足そうにニヤッと微笑んだ。
「晴人が隣に座り、その隣には白銀の魔女。完ぺきな防衛体制である!」
「依頼を受けた者として言うのも何だけど、刹那ってそんな過剰に防衛意識を持つ必要があるのか?」
「当たり前だ。我には光の者も多くいる」
「アンチを光とは、また面白い表現だな」
「……晴人はいいやつだな」
「ん? どういうことだ?」
「なんでもない!」
なんだそれ。
刹那は視線を逸らし、窓の方を向いた。
窓の外には細い道が見える。こんなところ、車が通ることは滅多にないんだろうな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます