第6話 星華と買い物
しばらくすると星華さんがマイバックと財布を持ってアパートから出てきた。その家庭感、萌えだ。
「じゃあ行きましょうか。近所のスーパーですか?」
「はい! いつも行ってるんです」
「へぇ、この時間に行くなんてリッチですね」
「え?」
「いえ、なんでもないですよ」
この近所にあるスーパーは18時から惣菜などが安くなるのだ。それを把握していないということは生活に余裕があるということだろう。
ちなみにエルサはそのスーパーの抽選会が好きみたいで、いつも補助券を集めている。俺の知る、唯一のエルサの趣味だ。
スーパーにたどり着くと星華さんは笑顔で店を指さした。
「ここです! このスーパーです」
知ってる……なんて言ったらストーカー紛いで気持ち悪いよな。黙っていよう。
「何を買いに来たんですか?」
「みなさんに警護してもらっているので、贅沢にすき焼きでもと思いまして」
「それはありがたい。外で見張りの俺もいただけるのでしたら」
「も、もちろん晴人さんも食べてください!」
「あはは、その心遣い、ウチのメイドに分けて欲しいですよ」
エルサなら「ハルト様もお食べになられるのですか? スティックパンで十分では?」とか言いながら自分はすき焼きを食っていそうだ。
ったく、なんであいつは俺に当たりが強いんだか。
「……実はこの2時間くらいの間、エルサさんずっと晴人さんのことを話していたんですよ」
「どうせ悪口でしょう?」
「そ、それもありましたけど、たぶん照れ隠しですよ! だって晴人さんのことを話すエルサさん、すっごく楽しそうですもん」
「エルサが楽しそう? あんな無表情なのに?」
「表情は堅い方ですけど、雰囲気で分かります。晴人さんのこと、大好きなんだろうなぁって。あっ! 今の話、エルサさんには内緒ですよ!」
「えぇ。どうせ全否定されるに決まっていますしね」
そうかそうか。
ふーん。
エルサが俺のこと大好きねぇ。
……悪くねぇなぁ。
「晴人さん!? なんか裏社会の人みたいな笑顔ですよ!?」
「あっ、しまった……」
ついうっかり、にちゃっと笑ってしまった。
まぁ裏社会の人間といえばその通りだから、間違ってはいないんだけどな。
「……お2人を見ていると羨ましいです」
「え?」
「私、友達がいませんから」
えへへ、と星華さんは悲しそうに笑った。
比較するのは申し訳ないが、エルサほどでないにしろ星華さんだって可愛らしい少女だ。
友達がいないのは転校など、様々な原因があるのだろう。
「俺だって友達はいないですよ。いるのはメイドだけです」
「ふふっ、どちらも素直じゃないんですね」
「どういう意味かわかりませんが」
星華さんは俺の顔を覗き込むように腰を曲げたため、反射で目を逸らしてしまった。
今まで意識していなかったが、確かに今揺れたな。その……エルサより大きい胸が。
「晴人さん、大きいですか?」
「えっ!? いやそりゃもう!」
「そうですか。じゃあ600グラムはやめて500グラムにしますね」
「あ、あぁ。肉の話……」
「え?」
「いやなんでも」
まぁある意味こっちも肉の話ではある。
うん、我ながら最低だな。
「えっとあとは……」
星華さんは料理用のウェブサイトで材料を確認しながら買い物をしていた。
「割下はどのメーカーが好きですか?」
「え? こだわりはないですよ」
「そうですか。じゃあ一番安いもので」
星華さん1人だと時間がかかりそうなので、俺が買い物のアシストをした。
「他に何が必要ですか?」
「えっと白菜と玉ねぎ、それからちくわぶを」
「はい、一緒に探しましょうか」
俺1人で探すと今度は護衛対象を1人きりにさせてしまう。
今ストーカーが虎視眈々と星華さんを狙っていたら、俺が離れた隙にどんな目に遭うかわからない。なるべくエルサか俺のどちらかと行動するべきだ。
「やっと揃いましたね。ありがとうございます」
「いえいえ。じゃあお会計に行きましょうか」
「はい!」
貧乏生活中の俺はレジで表示される金額に腰を抜かしたが、星華さんはクールに金額画面を見ている。
依頼人とはいえ、年下にすき焼きを奢られるとは。人生何が起こるかわからんな。
会計中にポケットに入れた赤いスマホが揺れた。多島さんからのメールだ。ナイスタイミング。
『今日は俺も協力する』
多島さん、あんなにぶつくさ言っていたのに残業までして協力してくれるんじゃねぇか。
ツンデレっていうのかね。52歳おっさんのツンデレとか誰得だけど。
俺はサッと返信し、スマホをまたポケットにしまった。
「お待たせしました」
「ありがとうございます。荷物持ちますよ」
「へぇー、エスコートもできるんですね」
「揶揄わないでください」
「あ、照れてる」
「本当にプレイガールだったりします?」
「黙秘します♪」
「えぇ……」
魔性の女なのは間違いないな。だって俺、今ドキドキしてる。心臓くんは嘘をつくのが苦手なのだ。
「帰り道も守ってくださいね」
「ど、努力します」
星華さんの魅力から自分を守れるか心配なのだが。誘惑されたらころっといくぞ。
「そういえば失礼なんですけど……」
「なんでも聞いてください」
「晴人さんって強いんですか? なんかあんまり強そうに見えないんですけど」
「うっ」
「ご、ごめんなさい! 裏で働いている方なのでもっと怖いのかなー、とか、筋肉モリモリなのかなー、って思っていたら痩せ型の普通の男の人だったのでつい!」
「それ何の擁護にもなっていませんけど?」
星華さんは言葉のナイフ使いが上手いようだ。涙が出てきそうだ。
「そ、それでどうなんですか? 実はめちゃくちゃ強いとか?」
「まぁ一般人よりは強い自信はありますよ。ただのストーカー程度なら相手にならないと思います」
「そうなんですね! それを聞けて安心しました♪」
星華さんは先ほどまでのイジり笑いと違い、心底安心したように微笑んだ。
「いつもこの道から帰っているんですか?」
「はい。……あ、もしかして帰り道を固定するのもダメだったりしますかね?」
「一概には何とも言えないですね。人通りが多い方が良いのですが、この辺りは閑静な住宅街なので何とも……」
「そうですよね。ルート変更も考えましたけど、人気のないところで襲われたりしたら……」
考えただけでゾッとするわな。
「きゃっ!」
星華さんが住むアパートへ至る道で最後の曲がり角に差し掛かった時、星華さんが小さく悲鳴をあげた。
「どうしました!?」
「カーブミラーに茶色コートの男が!」
「ついに来ましたか」
俺もカーブミラーを見てその姿を捉えた。
ここから星華さんの部屋まで400メートルはある。まだ星華さん一人にするのは危険か。
「星華さん落ち着いて。ストーカーに気がついているとバレないように家に近づきましょう」
「は、はい」
「家まで100メートルを切ったら走って部屋に駆け込んでください。ストーカーは俺がやります」
「わ、分かりました。よろしくお願いします」
張り詰めた雰囲気の中、星華さんの部屋に向かって再び歩き始めた。
星華さんにとって1メートルが長く感じていることだろう。
チラッと後ろを見ると茶色いコートの男がマスクとサングラスを装着して後をつけてきていた。
「晴人さん、私もう……」
「大丈夫ですよ。落ち着いて、慌てないで」
残り100メートルを切った。今だな。
「走って!」
「は、はい!」
星華さんは全力で地面を蹴り、エルサの待つ部屋へと帰っていった。
俺は振り返って茶色いコートの男に向かって歯を向けた。
「よう、ストーカーさん」
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