第5話 女の子の部屋

 このカルマーからの逃避生活は上手くいくと思ったが、もう魔の手が迫ってくるとは。

 喫茶店に戻ったらエルサと星華さんはずいぶんと盛り上がっていた。


「何の話で盛り上がっているんだ?」


「男ってバカですよね。という話です」


「……何だそれ」


「ハルト様、星華さんはかなりのプレイガールです。喰われないようご注意ください」


「エルサさん! 誤解を招くようなこと言わないでください!」


 プ、プレイガールか。

 思わず生唾を飲んじまった。


「ほら見てください星華さん。このようにちょっとドキッとする言葉を耳にしたらすぐに生理反応が出るのが男です。気をつけてください」


「ひゃあ……」


「おい待て。本当に何の話をしていたんだよ!」


 今のは俺を嵌めるためのトークだったのか? 恐ろしい女だ。


「冗談はさておき、そろそろ星華さんのお宅に参りましょうか」


「そうだな、現場を見ておかないと」


「分かりました。ご案内します」


 星華さんは伝票を持って立ち上がる。

 エルサから「払わなくていいのですか?」と目配せされたが、あいにくそんな金はないんでね。


「お待たせしました!」


 星華さんは3人分のコーヒー代を払ったのに、嫌な顔をカケラも見せなかった。


 すぐに星華さんは家へ案内してくれた。徒歩5分くらいと言っていたが、実際には駅から徒歩3分ほどの好立地にある賃貸アパートだった。


「いいアパートですね。築年数は?」


「え? 確か15年だったと思います」


「羨ましいことです。わたくしの主人にもっと甲斐性があれば良かったのに」


「流れるように俺をディスるな」


 星華さんの部屋は二階建てアパートの2階角部屋だった。

 郊外のアパートにしては占有面積が狭いな。こういうのも流行っているのかな?


 ドアを開けると、その先には女の子の部屋が広がっていた。異性との交際経験ゼロの俺にとって、そこは異世界と相違ない。

 足を踏み入れていいものなのか。女の子の部屋に入るのは初めてだからためらわれるな。


「ハルト様、鼻の下がお伸びでございます」


「いらん報告をするな」


「ごめんなさい、汚かったですかね」


「いやそういうことじゃないですよ」


 汚かったとしても、それはそれでアリだ。

 エルサは同性だからか、何の躊躇いもなく部屋へと入っていった。俺もそれに便乗する形でしれっと入室する。

 エルサは部屋を見定めるように俯瞰して眺めていた。


「防犯設備は弱いですね。この窓ガラスも普通のものでしょう?」


「は、はい。そうですけど……」


「金属バットでも壊れない強化ガラスが望ましいですね」


 さすが、窓ガラスをぶち破った女は説得力が違うな。

 俺の心を読んだかのように、エルサは不服そうな視線を俺に送ってきた。


「もしかして窓を割って入ってくる恐れもあるんですか?」


「滅多にないですよ。な、エルサ」


「…………」


「無言かよ!」


 ずるい女め。


「ドアも弱いですね。蹴ればぶち破れますよ、これ」


「え、えぇ!?」


「不安を煽るな! すみませんね星華さん」


「い、いえ」


 星華さんは不安そうな表情になってしまった。ただ否定はできない。なぜならエルサならぶち破れるだろうから。であれば、他のカルマーの殺し屋にも可能であろう。


「と、とにかく警備にあたります。エルサは部屋内を、俺は部屋の外で警護していますから」


「やーいやーい、チェリボーイ」


「うっさいわ! んじゃお前が外で俺が中か?」


「やーいやーい、むっつりスケベ」


「理不尽か!」


「ではハルト様、お気をつけて」


「お、おう」


 ふざけている時とのギャップがすごい。


 ドアから外に出ると、居場所に困ってしまった。まだお昼なので暖かいからいいが、夜のことを考えると不安になる。

 今日中に片がつけばいいんだがな。


 迷った結果、俺は用心棒のようにドアの前に座った。他の住民が帰宅した時の視線が今から気になるな。

 閑静な場所だったからか、静かにしていれば中からガールズトークが聞こえてきた。


「晴人さんとエルサさんって仲良しですよね。もしかしてお付き合いしているんですか?」


 ほう、そう見られても仕方ないかー、そうだよなー。


「いえ。まったくそのような関係ではございません」


 まぁ……そうだよな。別に悲しくなんてねぇし。


「嘘だー! 絶対なにかありますよー!」


 やはり女子2人が集まれば恋バナになるのか。これは聞き耳を立てざるを得ない。


「では逆にお尋ねしますが、星華さんでしたらハルト様とお付き合いしたいと思いますか?」


「えっ? それは……えっと……あはは」


「はい、そういうことです」


「ちょっと待てこら! どういう意味だ!」


 たまらずドアを開け、中にいる2人に叫んでしまった。

 星華さんは驚いたような表情だったが、エルサの方はいつも通り真顔で、まるで俺が聞き耳を立てているのを理解していたかのようだった。


「星華さん、このようにストーカーは聞き耳を立てている可能性もあります。気をつけてください」


「な、なるほど……」


「というわけでハルト様、玄関前を追放します。アパートの外側で張っていてください」


「この……覚えていろよ!」


 小物臭溢れる捨て台詞を吐いて、俺は玄関前から立ち去った。

 アパート全体が見られる場所で見張りを再開する。ちょうど向かいに塀があったので、もたれかからせてもらった。


 暇だ、とにかく暇だ。

 1時間、2時間と時間が過ぎていく。

 充電がもったいないからスマホも使えないし、本なんて持ってないし、話し相手もいない。なんだか陰鬱な気分になってきたぞ。


 そんなタイミングで、星華さんの部屋の窓が開いた。


「ハルト様」


「おう? どうした?」


 中からひょっこりエルサが顔を出した。遠目から見ても美しさは変わらないな。


「星華さんがお買い物に行きたいそうなのですが」


「そうか。なら俺がついて行くよ。エルサは部屋を見ていてくれ」


「かしこまりました。星華さん、ハルト様が護衛されるそうです。痴漢されたら首を刎ねてしまっても構いませんので」


「聞こえているぞ!」


 エルサめ……ちゃんと俺に聞こえる声量で言いやがったな。

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