第4話 エルサとの出会い

 思い出すのは半年前のこと。


 両親が他界して半年、俺は1人で家族との思い出が詰まった家で暮らしていた。

 あの頃の俺は不死身であることはなんとなく理解していても、確信にまでは至っていなかった。


 そりゃそうだ、一回の事故で生き残ったからって、自分は不死身なんだって確信できる方が恐ろしい。


 その日も普通に両親の遺産を食い潰しながら過ごしていた。

 何にも変わらない、ただし変えなければならない。そう思っていた日常だった。


 そんな日常をぶっ壊しやがったのは、月光に髪を白く輝かせる北欧美人だった。


 深夜2時。

 大きな一軒家で1人で寝る寂しさにも慣れてきたからか、もう普通に就寝できていた。


 しかし、その眠りを強制的に覚醒させるように、自室の窓が勢いよく割れた。

 ガラスの割れる音と、破片が頬を切る感触を今でも覚えている。


「なっ……えっ!?」


「標的を確認しました」


 混乱する俺に淡白に向けられた、サファイアのような瞳と白く揺れるサイドテールの髪の毛。何より印象深かったのは、まったく動かない表情だった。

 しかしその顔は、人生で見てきた中で最も美しいものだと思えた。


「お前は……うっ!」


 白く輝く北欧美人……エルサという名だと後に知った少女は、俺に向かってチェーンの付いたクナイを投げ飛ばした。


 そのチェーンにより、俺の首はベッドの上で締め上げられ、気がつけば腕へ足へとチェーンが襲いかかった。

 仰向けで身動きの取れない俺に、エルサは乗り掛かる。


 美少女に馬乗りにされるとはなんたる光栄か。しかし当時の俺はそんな考えなど頭の片隅にもなかった。


「特異体質者はこの世から消します。名も知らぬ日本人よ、さようなら」


 無表情のエルサは迷いなく俺の心臓をクナイで突き刺した。

 真っ赤な血が飛沫をあげて飛び、視界を赤く染めたのを今でもよく思い出す。

 ただ、クナイを刺された心臓はすぐさま再生し、俺の胸部は何事もなかったかのように元通りになった。


「…………!」


 表情は変わっていなかったが、おそらくエルサもあの時は驚いていたはずだ。


「やっぱり死なないんだな、俺」


「まさか……不死身体質」


「何だそれ」


「くっ!」


 エルサは侵入した窓から逃げようとした。咄嗟に俺はチェーンを踏み、エルサをすっ転ばせた。


「ううっ」


「ごめんな。あまりに焦ってチェーンを忘れていたみたいだから……ってうおぉ!」


 その時のエルサは何というか、その……スカートが捲れて純白の布が露わになっていたのだ。

 別にその光景を1番に目に焼き付けているわけではない。ただあの日を思い出そうとするとレースの柄まで思い出してしまうだけだ。


「は、恥じらいもないのかお前は」


 なおも表情が動かないエルサに痺れを切らしてツッコミを入れてしまった。思えば今の関係性はこの瞬間から始まっていたのかもしれない。


 転ばしたエルサをチェーンで巻きつけ、逃げられないようにベッドに固定した。

 突然に襲ってくるのだから、何か理由があるはずだとあの日の俺は思っていたらしい。寝起きのくせに随分と冴えていたものだ。


「それで? 何で俺を殺しにきたの?」


「……組織から命じられたからです」


「組織?」


「カルマー。スペイン語で凪という意味です」


「あぁうん、聞いてもよくわからん」


「要するにあなたのような特異体質を持つ者を殺す組織です」


「ほぅ、俺みたいなのが他にもいるのか」


「確証はありませんが、約1千万人に1人は特異体質を持つそうです」


「少なっ……くないのか」


 現在の地球人口が約70億人であることを考えると、地球規模で700人も特異体質持ちがいることになる。


「たったの700人でも我々旧人類を滅ぼすのに十分な体質を持っている。それはあなたも自覚したことでしょう?」


「確かに。胸貫かれて死なないとか一周回って笑えるわ」


 俺のようなほぼほぼゾンビな奴らが何人もいたら、既得権益を啜るお偉いさんはさぞ恐怖することだろう。


「で? お前の名前は?」


「エルサ。エルサ・イェルソン」


「エルサね。結構素直に話してくれるみたいだけど、何でだ?」


「どうせわたくしは任務失敗をした不良品として処分されます。だからもう、どうだっていいのです」


「忠誠心があるわけじゃないのか」


 やるしかないからやる。まぁ人生にはそんなときもあるわな。


「なぁ、エルサが任務失敗したからってどうせ次の奴らが俺の命を狙うんだろ? 殺せるかはともかく」


「もちろんです。あなたをそのままにしておくカルマーではありません」


「そんでエルサは処分されると」


 エルサは無表情のまま頷いた。

 俺はこの時、とにかくこれ以上厄介なことに巻き込まれるのは嫌だと考えた。


 安眠もできないし、死なないとはいえ殺されるのは気分が悪かったし、あと普通に痛いから嫌だ。

 だから俺はこう言っちまったんだ。


「じゃあ俺と逃げない?」


「……は?」


 唯一、本当に唯一俺の記憶の中でエルサの眉が少し動いた気がする。

 つまりこれがエルサの中で、最も衝撃的だったことなわけだ。


「俺は現在ニート。親の遺産を食い潰すゴミ人間で、さらに命を狙われている。エルサは任務失敗したダメな殺し屋で処分される。ならさ、逃げてどっかで生き続けないか?」


「何を……」


 この次に俺はとんでもなく臭い発言をする。ぶっちゃけ思い出したくないレベルだ。


「まぁ正直、俺はエルサみたいな美少女に死んで欲しくないし、笑っていてほしいんだよね。だから逃げないか?」


 こんなセリフを吐いておいて、これから半年間エルサの笑顔を見ることはできないでいる。

 それどころか、表情が動いたところを見たことすらない。


 ただ、今思えばあの日のエルサはほんの少し、嬉しそうな顔をしていた……気がする。思い出補正でなければいいけど。


「知り合いの刑事さんに頼んで公的には死亡したことにしてもらう。そんで郊外で闇バイトでも始めてみれば生き残れるかもよ。エルサは俺のサポートをしてくれ。まぁそうだな……メイドとかどう?」


 ぶっちゃけ俺がメイド萌えしているだけだった。


「あなたはバカですね」


 エルサは真顔でそう言った。まぁ、そりゃそうだよなとも思う。


「ただ……なぜでしょう。あなたに賭けてみたくなりました」


「だろ? ものは試しだぜ。きっかけが来るまでは動けないのが人間だけどな」


 俺の場合、きっかけは窓をぶち破って来てくれた。

 その後俺たちは家を出て、郊外の築41年、保証人不要、審査なし、保険非加入の法的にはヤバめな家に住み着いた。


 2人きりの生活にドギマギするかと思ったが、今のところ色っぽいイベントは起きていない。

 唯一あったイベントは、親の遺産の最後っ屁でメイド服を買ったことだ。エルサは気に入ったのか、大切に着てくれている。


 まぁつまり俺の今の貧乏のきっかけはエルサにあるわけだ。大元の原因はカルマーだけどな。

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