第3話 ストーカー退治の依頼
朝一だというのに、人気のない喫茶店だ。
ここは俺にとって依頼人などと接触するのによく利用する店だった。
淹れたてのコーヒーの香りが広がって、リラックスした気分になる。一口飲めばその苦さですべて吹き飛ぶがな。
俺はコーヒーを啜って、依頼人から仕事用スマートフォンに送られてきた情報を口にした。
「一之瀬星華さん16歳。依頼内容はストーカー退治」
「はい! よろしくお願いします!」
「俺たち18歳なんで。そんなに畏まらなくていいですよ」
ハキハキと話す星華さんはまるで就活生のようだった。
第一印象としては元気はつらつで表情豊か。隣にいるメイドとは大違いだ。
「痛っ!」
「どうかされましたか?」
「ハルト様、どうされました?」
机の下でエルサか星華さんのどちらかに足を踏まれたわけだが、間違いなくエルサだ。
俺の心をすぐ読むからなこいつ。油断も隙もない。
「何でもないさ」
俺はエルサの太ももをつねって対抗した。が、エルサの表情はピクリとも動かない。
「発情でもしたんですか?」
「ねぇ本題に入らせてくれない!?」
「若く美しいメイドに我慢できずに欲望を爆発させる主人……」
「その豊かな妄想力をストーカー退治に使ってくれ」
俺たちのやり取りを見て、星華さんは柔らかく、ふふっと笑った。
「あ、すみません。仲がいいんですね」
「いやまったく。困ったやつです」
「いやまったく。エロいやつです」
「おい待て! 与える印象が違いすぎるだろ!」
エルサに構っていたら話が進まないので、ここは俺が折れて星華さんの話を聞くことにした。
「ここに引っ越してきた1ヶ月前くらいからなんですけど、誰かに帰りをつけられている気がするんです。一度勇気を出して振り向いたら、茶色いコートを着てマスクとサングラスを付けた中年男性っぽい人がいたんです!」
「茶色いコートの中年男性ですか」
サングラスにマスクまで。顔はほとんど確認できなかっただろう。
「失礼ですが星華さんは今どこに住んでいらっしゃるのですか?」
「ここから歩いて5分ほどのところです」
「近所なんですね。警察には?」
「相談しようと思ったんですけど、あまりストーカーに対して積極的に動いていただけるイメージがなくて……」
確かに警察がストーカーに対して消極的に対応した結果、無惨な死を遂げてしまったニュースなど何度も耳にしたことがある。
必ずしも適切な対応をしてくれるわけではないからこそ、こうしてアンダーグラウンドな俺を頼ったわけか。
星華さんはエピソードや心当たりのあることを話してくれた。
途中から話を聞いているふりをして、俺はとある人物にメールを送った。話が途切れたことを確認して、俺はタイミングよく手を叩く。
「……わかりました。この件は俺たちが受け持ちましょう。ただ依頼には10万円かかります。支払うことは可能ですか?」
「はい。親からの仕送りがありますのでそれで」
そう言って星華さんは前金の5万円を俺に手渡した。
エルサが枚数を数え、静かに頷く。
「確かに受け取りました。今日から星華さんの護衛と、ストーカーの特定にあたります」
「はい! よろしくお願いします!」
星華さんはホッとしたようにニコニコと笑ってみせた。
いい笑顔だな。年相応の、可愛らしい笑顔だ。
視線を星華さんからエルサに移そうとした時、右ポケットに入ったスマホが震えた。
「おっと悪い。エルサ、星華さんと話をしていてくれ」
「かしこまりました」
俺はスマホに電話が来たので、席を外すことにした。
赤いスマホを取り出し、電話に応答する。こっちは仕事用ではなく、プライベート用だ。
「もしもし、早いですね多島さん。それと今朝の定期連絡ありがとうございました」
『お前なぁ、俺をこき使える奴なんて刑事課にもいないぞ』
電話の相手は多島さん。一年前の事故からお世話になっている刑事だ。たしか今年で52歳。ベテラン刑事ってやつだな。
運悪く俺の担当になってしまったため、こうしてこき使われてしまっているのだ。まぁ多島さんの面倒見の良さが招いた結果だ。受け入れてほしい。
『んで? 今回はどんな事件を仕入れたんだ?』
「ストーカー被害です」
『小さいヤマだな』
「まぁそう言わないでください」
アングラな俺では捜査に限界がある。だからこうして刑事に頼っているわけだ。
逆に刑事は凝り固まった国家権力だからこそアングラに頼らないといけない時がある。持ちつ持たれつってやつだ。
実際、俺の依頼の半分くらいは多島さんからだったりする。
『なんかきな臭いのか?』
「えぇ。事件は単身で引っ越してきた1ヶ月前から起こったそうです。被害者は女子高校生で、警察は信用ならないから相談せず。犯人の特徴は茶色いコートにマスクとサングラス」
『おいおい、それって……』
「まぁまぁ、お互い考えていることは一緒でしょう。絶対に護るので安心してください」
『安心ってお前なぁ……』
「じゃあ伝えるべきことは伝えたので。いつものように着信履歴は消しておいてくださいね」
『おい、あまり危険なことに突っ込みすぎるなよ。お前は命を狙われているんだぞ』
「……大丈夫ですよ。不死身ですから」
そう言って俺は電話を切った。
俺と多島さんの認識は一致していた。
この事件、裏で操っているのは俺の命を狙う組織、カルマーである可能性が出て来た。
その組織の名を思い出すと、脳内を支配するのは半年前の記憶だ。
小っ恥ずかしいから忘れたい。でもどうせ忘れられない。そんな大切な思い出である。
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