第38話 恥ずかしくて顔があげられません


 ノワールの舞が終わった。



 余韻で身体が熱い。顔が赤いしなんか腰に力が入らない。なんか猛烈に恥ずかしくて、みんなの顔が見れないや。



 コンコン


二階席の扉が開いた。



「失礼します。」


 ノワールだ。



 いつもみたいに飛び付きたいのに、急に大人びたノワールが眩しくて動けなかった。



 鈴飾りを付けたまま、父の前に進み出たノワールは、父の耳元で何やら小声で話し始めた。



 む。



 真っ先に父のところにいくなんて。話している姿が良い感じだからってお似合いですなんて言わないからね。



 父がノワールを見て不本意そうな顔で頷いた。



 父が感情を出すなんて、不本意なのに頷くなんて。なんなんだよ。



 俺のノワールを返せよ。




「アレックス、髪を結いましょう。」


 いつの間にか俺の元に来ていたノワールが髪に触れる。


 さらさらと零れる髪がノワールの長い指を滑る。ここにいるノワールはいつもの優しいノワールで、なのに、さっき月華の舞を見たせいなのか。なんだか恥ずかしくて上手く顔が見れない。



 ましてや、大切な髪を触られてるなんて、ノワールは俺の事、友人と思って気軽に触れているんだろうけど…。自分ばかりがドギマギしていてこんなの不公平すぎる。


 長い指先でそんなに優しく髪を撫でられたらうっとりしてしまうじゃないか。



「ノワール、アレックスの髪飾りはないぞ。」


 めちゃくちゃ不機嫌な父がにやりと笑いながらノワールに話しかけた。



 そうだった。


俺は衣装の上衣を少しめくってノワールに見せた。



「父が髪用の鈴飾りを編み込んじゃったんだ。」


 ノワールが慌てたように俺の上衣を戻す。触れあった指先がビリリと電気が走ったように感じた。


 なんでもないような顔をしているノワールが憎い。



 せっかくの晴れ舞台、ノワールに髪飾りを付けて欲しかったのにな、父の馬鹿。



「アレックス、ならば私の鈴飾りを付けてもいいですか。きっとアレックスの髪に良く映えますよ。」


 優しく髪に触れながら囁くノワールに甘えたい。せっかくだし我が儘言っちゃおう。


 こんな事するノワールが悪いんだからね。人の気も知らないで、優しくするなよ。



 俺はノワールの手首に飾られた鈴飾りを見た。ノワールが口付けた鈴、それを指差す。


「だったらノワール、これを付けて。」



 ノワールが驚いた顔をする。


「これでいいのですか?」



 そう、その鈴じゃないと駄目なんだ。その鈴が欲しいんだ。


「これがいいんだ。」


 ノワールは困ったような泣きそうな顔をする。何?その鈴、誰かにあげる予定だった?絶対に譲らないんだから。


「この鈴欲しいな、頂戴。」


 上目遣いでおねだりする。昔からノワールはこのおねだりに弱い。美味しそうなお菓子でも、お気に入りのオモチャでも、すべてくれるのだ。ふふふ。



「差し上げます。あなたの欲しいものは全て。」


 やったー。あれ?もしかして俺、このおねだりでノワールの恨みを買っていた?


 ゲームの凌辱シーンでノワール確か、『私はあなたの望むものは全て差し出したのに、あなたは私の欲しいものをくれない』とか言っていたような。


 断罪逃れられない?でも、この鈴欲しいんだもん。我慢できないんだもん。


 いいんだ俺、どうせ悪役令息だし…。



「アレックス出来ましたよ。」


 いつの間にか、ノワールによって黄金の鈴飾りが髪に複雑に編み込まれていた。


 踊りやすいようにきっちりと。ただ、ノワールが口付けた鈴を引っ張ると、するっとほどけてしまうらしい。


 不思議だね。ノワールからくれぐれも引っ張らないように注意された。



「アレックス、とても綺麗です。」


 少し掠れたため息混じりの称賛が甘く耳朶を掠める。


ノワールは自分の作品の出来映えを褒めているのかもしれないけれど。綺麗なんて、軽々しく言わないで。



 誤解してしまうじゃないか。俺、こう見えても本当は女の子なんだよ。ノワールだって知ってるくせに…。



「アレックス、この鈴を触ってはなりませんよ。」


 そう言いながらあの鈴にもう一度口付けを落とした。ノワール、駄目だ。俺、今、完璧に堕ちた。


 これ以上ここにいるとヤバい気がする。



 向こうでガチギレする父と何故かキラキラした瞳でこちらを見つめる母。


 負のオーラがトグロを巻く執事、何故に指の間にナイフが?しかも両手にって…。


 再び固まる四天王。そして、真っ赤になって目をうるうるさせた美少女達。



 さて、少し早いけどスタンバイするか。美少女達を回収する。これ以上ノワールに女子を近付けてたまるか、堕ちるのは俺一人で充分だ。


 ノワールなんて、このカオスでお留守番だ。



 心配して舞台袖まで付いてこようとしていたノワールを笑顔で制する。


 頑張って練習した月華の舞をこの特等席で見て欲しいからここから絶対に動かないでね、と小指を絡ませて舞台に向かう。



 歩む度に金と銀の鈴が共鳴しながら、シャラシャラと美しい音を立てた。


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