第37話ノワールの舞



 ノワールが舞台上に現れた。久しぶりに見るノワールの姿にため息が零れる。



 衣装は、定番の白ではなく黒。それだけでも異質なのに、衣装の上から黄金の鈴飾りを付けている。


 身体に沿って張り付く衣装のせいでしなやかな筋肉が付いた美しい肢体が露になっている。シンプルな衣装故に絡み付く鈴飾りが悩ましい。



 舞の途中に衣装を脱いで素肌に鈴飾りを見せるパフォーマンスが最大の見せ場なのに、最初からそれを放棄していることを表しているような出で立ちに驚きが隠せない。


 でも、それ以上に艶っぽい。



 ノワールは重たく扱い難い鈴飾りなど付けていないかのように颯爽と舞台中央へ進んだ。


 黒い衣装とその長い黒鉄色の髪にうねるように絡み付く三連の黄金の鈴飾りが華やかに映えて、歩む度にキラキラとライトを反射して眩い光を放った。



 ただ歩いているだけなのに、その圧倒的存在感に目を奪われる。でも、そこにいるのはいつもの優しくて頼りになるノワールではなかった。


 身に纏った鈴の音を鳴らす事なく、ノワールは舞台中央に立った。



 ノワールが午前中、俺が座っていた辺りを見回す。何かを探し求めるようなすがるような視線にキュンとする。


 二階席まで目線を上げたノワールと目が合う。ノワールの切れ長の瞳が瞬いた。その眼差しに獰猛な光が宿る。



 そして、曲が始まった。




 こんなの俺の知ってるノワールじゃない。俺が会いたかった、いつもの優しいノワールはそこにはいなかった。


 長期休暇前よりすらりと背も高くなり、頬のラインの甘さが消えて鋭さを増したノワールは大人の男の顔をしていた。



 どこか餓かつえるような視線が俺に絡み付く。ねっとりと絡み付くそれは、獲物を狙う捕食者のソレだった。


 ゲームでの断罪時のノワールのようなギラギラした視線に俺の本能が警鐘を鳴らす。


 でも、俺はノワールから目を背ける事は出来なかった。恐ろしいのに魅せられて、瞳はどこまでもノワールを追った。



 曲に合わせて誰よりも軽やかに華やかに鈴を鳴らしながら踊るその姿をずっと心に刻み付けられれば良いのに。


 切ないくらいに美しい瞬間を俺だけを見つめてくれるこの時をずっと心に留めておきたい、そう思った。



 ノワールが高く跳躍しながら回し蹴り決める、ズシュッと風を切る音と共に鈴の音もシャンと鋭い音を立てた。


 制御不可能だった鈴の音さえも舞に彩りを添える。どこまでも鋭く、ダイナミックで野性味を帯びた俺の知らない大人の男がそこにいた。



 ノワールが恋するのは10年後のヒロインだ。俺はヒロインの為なら簡単に断罪されてしまうただの友人にすぎない。


 友人の俺を誰よりも大切にしてくれるノワールが好きだった。でも、ここにいるノワールは大人のノワール、俺よりもヒロインを選ぶ冷酷なノワールだ。


 


 曲調が変わる。ゆったりとした切なげな旋律。



 ほろりと涙が零れた。



 俺を捉えて離さないノワールの瞳が見開かれる。



 安心させるようにふわりと笑うノワールの瞳が熱を帯びて潤んだ。あの父の舞を見た日のノワールの瞳を思い出して俺の喉が鳴る。ノワールの瞳も唇もその指先さえも全てが美味しそうだ。



 ノワールが俺を流し見ながら手首に巻いた鈴飾りをひとつ口に含んだ。ちろりと赤い舌が見えた。 


 その視線と仕草に身体中の血が逆流する。バクバクと鼓動が高鳴って胸が苦しい。きっと全身が真っ赤になってる。



 優雅にターンを決めたノワールがこちらを見ながら、身体に巻いた鈴飾りを愛おしげに撫でた。


 自分が撫でられたようで、俺は思わず自らの身体を抱き締めた。そんな俺を見てノワールが艶然と笑った。



 どうしょう。



 ノワールが欲しい。たとえ、10年後に全てを喪うとしても、ヒロインを敵に回しても。


 断罪されても凌辱されてもかまわない。友人なんて、親友なんて、そんな生易しい関係は嫌なんだ。



 俺以外を見ないで。


 


 ノワールはその鈴飾りが黄金と翡翠で出来てる事に気付いてる?



 ノワールの口付けた鈴が欲しい。



 そのちいさな鈴に今日のノワールの舞を閉じ込めて持っておけたら良いのに。俺を見て踊ってくれたこの舞を…。あの鈴があれば将来何があっても堪えられる気がした。



 鈴飾りの重さを一切感じさせず、ノワールは誰よりも高く跳躍した。


 身体中に散らばった黄金がキラキラと煌めいて美しかった。


 黒い衣裳とノワールの髪に絡み付いて離れない黄金の鈴飾りが俺の願望そのもののようだった。



 自分の中に渦巻くドロドロとした想いをなんと呼べば良いのか。恋と言うには重く、愛と言うには醜くて俺は途方にくれた。


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