第36話



 衣装に気付いた母が、父の拘束を振り切ってやってきた。泣いている。


「アレックス、綺麗だわ。今まで…。」


 それ以上母は涙で言葉を紡げなくなった。


 


 母が俺に対してずっと罪悪感を感じてたのは知っていた。でも、俺はそんなに可愛い格好がしたかった訳じゃないから大丈夫だよ。母の好きな服なんてフリフリしてて動きにくそうだしね。



 父が涙ぐむ母を抱き止めた。慰めるように額に口付けする。しみじみと俺を見つめ、俺の額にも祝福するように口付けを落とした。さっきまでの色気は鳴りを潜め、慈愛に満ちた眼差しがなんだか神々しい。



「アレックス、本当に美しいな。初めて会った日のライラを思い出すな。さあ、私が髪に鈴飾りをつけてやろう。」



 父、どうしたの世間一般の父親みたいな顔してるよ。さっきまでのエロ魔王はどこに行ったのさ。


 


 でも、髪はたとえ父でも触られたくない。



「ノワールに付けてもらう約束だから大丈夫。」 



 その言葉にガチギレした父が嗤いながら髪用の鈴飾りを俺から取り上げてズボンのベルトの上に巻く。


 あー。俺の髪飾りが…。



 簡単にはほどけないようにベルト穴に通して編み上げるようにがっちり巻くなんて酷い。


「父上、これじゃトイレにいけないよ。ほどいて。」


 俺の言葉に片眉を上げた父がのたまわった。


「安心しろ、このループがボタン代わりになっている。トイレの問題はない。」



 俺たちの会話を聞いた四天王のおじ様達が笑う。


「閣下にトイレの心配をさせるとは、アレックス様くらいですな。」



 おじ様達いつの間に石化の魔法が溶けたの?


おじ様達が歓談しながら、サンドイッチを摘まみ出す。


お腹空いてたのね。


 うちのサンドイッチ美味しいよ。



「次はうちの息子だな。」


 燃えるような赤い髪をしたおじ様が呟いた。すっと伸びた背筋にキリリとした鋭い目付き騎士服がめっちゃ似合っていて格好いい。


 こんな素敵なおじ様の息子って、さぞかし…。



 って、ギルバートじゃん。期待して損した。



 ギルバートが登場した。露出多めの白い衣装で弾けるような笑顔だ。観客席もキャーと黄色い声で沸き立っている。




 イケメン爆ぜろと心の中で呟く。表立って文句を言うと闇討ちされそうだから、言わないけどね。




 ギルバートの月華の舞は明るく華やかだ。ダイナミックで確かに見ごたえはあるな。




 曲調が変わると、こちらに投げキッスしながら、上衣を脱ぎ出した。舞台から観客席へ向かって高く放り投げる。




 脱いだ上衣が何故か俺の手に…。二階席まで投げるんじゃねー。




 ふざけるなギルバート。なんでこの俺が野郎の脱ぎ立ての服を持たされねばならん。




 脱ぎ立てでまだ生暖かいじゃないか。空いてる席にぶん投げる。




 ギルバートの綺麗についた筋肉に添うように鈴飾りが身体を彩る。たぶんだが、これはセクシーだ。




 ただ、父の舞を見た後では…。ふふん。青二才よ、まだまだだな。




 けけけ。





 大盛況の拍手と共にギルバートは舞を終えた。こちらに投げキッスをしてくる。


 ギルバート、さては君の狙いはこの美少女達だな。俺は彼女達の生脱ぎ衣装を着てるんだからな、勝った。




 見下して笑ってやる。意気消沈したギルバートが舞台をすごすごと降りる。





 次はいよいよノワールの番だ。たった数日会えてなかっただけなのに俺、ノワール不足なんだ。


 あのいつもの優しい笑顔が見たいな。一緒に寮に帰った時もなんだか感じが変わっていたし、すぐに連れ拐われて話す暇もなかったからな。


 澄まし顔でお茶をサーブしてるどこかの誰かに。





「実はさ、ノワールの鈴すごく鳴りやすくて、歩いてる時に鳴っても幻滅しないであげてね。」 




 ノワールのファンであるふたりにフォローするのを忘れない。幻滅して欲しくないもんな。



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