第35話



 試着室に良い匂いが漂ってきた。ん?そうか、第一部が終わったからランチタイムになったんだ。



 そうと気づいた途端、ぐぅーっとお腹の虫が騒ぎ出す。



 あのカオスな外界に出たくない。でも…。執事め、わざとだな。



 恐る恐る試着室から顔を出す。天の岩戸の気分だ。



 そこには、フィンガーサンド片手に絶賛餌付け中の父と四天王の手前食べざるを得ない母。


 固まり続ける四天王のカオスが広がっていた。父の後ろに悪魔のしっぽが見える。


 人前でさぞかしやりたかったんだろう、この状況を上手く利用して楽しんでるに違いない。


 つくづく悪い男だよな。



 しかし、オリビエちゃんとヴィヴィアンちゃんは既に順応したのか、カオスと第二部月華の舞を眺めながら我が家ご自慢のフィンガーサンドに舌鼓を打っている。


 


 執事にお茶をサーブしてもらってご満悦だ。良かった。うちの執事、腹黒ですが完璧なんです。



 観客席の備え付けの椅子はどうなったんだ。椅子とテーブルは?なんて野暮な事は聞かない。きっと不敵な笑みで誤魔化されるに違いない。



「お腹すいた。」


 執事に言う。執事は俺の姿を一瞥し、満足そうに頷いた後俺にローブを着せた。



 美容院で髪を切る時みたいなアレだ。


「アレックス様、折角の衣装を汚すといけませんので。」


 執事め、バカにしやがって一口サイズのフィンガーサンドをこぼすわけないだろう。子供じゃないんだぞ。


 オリビエちゃんとヴィヴィアンちゃんの座っているテーブルで戴く事にする。


 渇いた喉にぬるめの紅茶が沁みわたる。こういうとこ流石だな、執事。


 ノワールは最後だからそれまではゆっくり楽しむか。うちのコックの作る料理は最高なんだよな。


 あ、ロブスターサンドもある。アメリケーヌソースが絶品なんだよな。ローストビーフサンドも。俺の好物ばかりじゃないか。


 夢中で食べ尽くした俺に執事がナプキンを差し出した。


「アレックス様。お口許に汚れが…。」


 あちゃー、ローブも汚れてる。執事、ローブを着せてくれて助かったよ。


「ありがとう。お陰で衣装が汚れずにすんだよ。」


 執事がふっと口角を上げた。


「私はアレックス様の事を生まれた頃より存じあげておりますので。」


 うーん、今日もダンディだ。




 オリビエちゃんとヴィヴィアンちゃんに綺麗な衣装のお礼を言わないと。



「衣装ありがとうね。すごく綺麗で動きやすいよ。」



 執事にローブを脱がせてもらって、二人の前でくるりと回る。



 動きに合わせて上衣の裾が紅白の花のようにふわりと広がった。身体の下に付けた鈴飾りが軽やかに響く。



 え?うそ。ヴィヴィアンちゃんが泣いてる。俺が泣かせた?どうしょう。


「私は、ずっと服飾の道に進みたいと憧れておりました。それで、自分たちの衣装を作ったり真似事をしておりました。」


 俺の着ている上衣をいとおしそうに撫でながらヴィヴィアンちゃんがぽつりと話した。



「真似事なんて。こんなに綺麗なのに。」


 俺も、桜重ねの上衣を撫でる。


 


「だからですわ、アレックス様。ヴィヴィアンはわたくし達がどれだけ称賛してもいまいち自信がもてませんでしたの。でも、今アレックス様を見て憧れが目標に変わったのですわ。ね、ヴィヴィアン。」


 オリビエちゃんがヴィヴィアンちゃんの肩を抱いた。



「ええ。私、夢で終わらせないと、誓いますわ。」


 可愛いよ。普段無表情美人キャラのヴィヴィアンちゃんの決意表明。そして、美少女二人の抱擁、萌える。



「その時は是非俺の服も作ってね。」


 動きやすいし、可愛いし、気に入ったんだもん。



「ええ、勿論ですわ。アレックス様は私のミューズですもの。」


 ヴィヴィアンちゃん、ミューズは女性に言う言葉だよ。俺、今一応男だからね。


 ん?ヴィヴィアンちゃんってもしかして、マドモアゼル・ヴィヴィでは?


 ゲームで、社交界に君臨するオリビエの参謀的役割を果たす人気デザイナー。


 たしか、ゲームのアレックスはマドモアゼル・ヴィヴィに服を作って貰えなくて大恥かくんだよね。



「俺の服を作ってくれる約束絶対に忘れないでね。ヴィヴィアンちゃんは将来すごいデザイナーになるから、忙しい時は仕方ないけど頼むね。」



 10年後の断罪回避の為に必要なんだよ。オリビエちゃん、ヴィヴィアンちゃん頼むから仲良くしてね。


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