第29話



 ノワールと楽しく過ごす筈だった長期休暇は、どす黒い笑顔を浮かべたうちの執事がノワールを拉致していったお陰でおじゃんになった。


 笑ってるのに目がトラウマになるくらい殺意に満ちてるってなんなんだよー。こえーよ、執事。



 楽しみにしていたノワールの月華の舞を見ることも、楽しいパジャマパーティーも全てが出来なかった。


 執事め、いくらイケメン渋おじだからってノワールを取ったら許さないんだからな。



 俺の練習はまあなんとか…。まだ、あの鈴を全く制御出来ていないがな、ははは…。


 



 長期休暇の最終日にようやく寝室から出てきた父はトレードマークの眉間の皺が消えて、肌つやが良い。


 元々若々しい父がさらにキラキラしていてもう眩しい。母はどうした。



 あれ?俺ってば、父の事なんて呼んでいたっけ。お父様?父上?パパ?えーい、面倒くさい。ノワールは自分の父親を父上って呼んでいたしそれでいいや。



「父上、ノワールを返して下さい。」


 びっくりした顔をする父。


 え?なんか間違えた?パパが正解だったか?


「アレックス、私を父上と、父上と呼んでくれたんだね。」


 俺を抱き締めて泣き始めた。


 はい?


「アレックス、君は私の事をいつも閣下と。」


 あ、そうか。そういえば俺この人の事、閣下って呼んでたわ。小さな頃はお父様って呼んでいたんだけどな。



 この人に抱っこも肩車もしてもらった記憶はない。今考えると、俺の性別がバレる事を怖れた母が父にも俺を触れさせなかったからなんだろうけど…。



 でもある日、うちにたくさんの子供達が遊びに来た。その時、この人を閣下と呼んだ子供達が順番に抱き上げて貰っているのを見て、羨ましくてみんなの真似をして列に並んで閣下と呼んだんだ。


 結局、俺だけは抱き上げては貰えなかったけど、それ以来閣下って呼んでいた。


 父だと思うから、構って貰えなくて悲しいんだ。お偉い閣下なら、仕方ないって思えるから…。


 だから、それ以来ずっと閣下って呼んでいた。



 父の大きな腕に抱き締められて、俺の心の中で膝を抱えてうずくまる小さなアレックスが昇華した気がした。


 ずっと淋しかったんだよねアレックス、そして父も…。



「アレックス、私は君が男の子でも、女の子でもどちらでも愛している。産まれてきてくれてありがとう。」


 額にキスが落とされる。ずっと男でないといけないと、中途半端だから愛されないんだと責め続けてきた呪縛から解き放たれた気がした。



「父上。」


 泣きながら抱きついた。



「アレックス。これからは親子三人水入らずで仲良く過ごそうね。」


 あれ?なんか忘れてないか?感動のシーンに危うく流されかけたが、このクソ親父。



「父上、早くノワールを返して下さい。」


 ようやく俺の元にげっそり疲れはてたノワールが帰ってきた。


 父よ、いじけるのは止めてください。


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