第25話

今日から長期休暇。あの冷えきった仮面夫婦のいる実家に帰るのが憂鬱だったが、ノワールと一緒なのでご機嫌なのだ。ノワールを独り占め、ルン。



 ノワール曰く、父は母に絶賛誑かされ中らしい、驚くなかれ。


 いやいや、あの仮面夫婦ですよ。


そんな訳が…。あった。



 ダイニングに入ると、父の膝の上にちんまり座る我が儘姫がいた。


 思春期真っ只中の息子とその友人をちらりと一瞥して何喰わぬ顔をして座っている父と、耳まで真っ赤にして俯いて震える母。



 その構図に首をかしげる。ノワールは父が母に誑かされてるって言ったんだよな。


 どうみても、母が父に誑かされてるようにしか見えないが…。



 深窓の令嬢を誑かすタチの悪いジゴロにしか見えないぞ。


 それにしても悪い男にひっかかったなー、母が逃れられないように腰にがっつり手を回して嗤ってるぞ。



「閣下、夫人におかれましては、ご機嫌麗しく。こちら夫人に美容に良い例の魔法玉をお持ちいたしました。」ノワールがにこやかに挨拶をしている。



 この状況で普通に挨拶する?しかも、執事にお土産を渡している。


 その箱を見た母がなんだか嬉しそうな顔をする。



「気遣いありがとう。」


 その上、お土産の箱を一瞥した父がさらに上機嫌でお礼を言っている。人からの贈り物は一切受け取らない父が、黒い笑顔でお礼を言う。



 ノワールさんよ。その中身はなんだい?お代官様が喜ぶ山吹色の物体なのかい?


 あの無表情仮面夫婦が喜ぶ謎の贈り物。知りたい、まさか国家機密級のヤバいモノなんじゃ?



 このカオスな空間でお茶を頂く。執事もメイドさん達も平静で、ノワールも普通のお茶会のように穏やかな笑みを浮かべている。しかし、俺はまだ動揺が隠せていない。



「この苺、ライラみたいに甘くて可愛いな。口を開けて、あーん。」


 甘い。甘過ぎる。こんな父見たくない。そして、母はこんな茶番を早く終わらせたいのか、父の口を封じたいのか三段トレーのフィンガーサンドを手掴みで次々に父の口に放り込んでいる。


 いつもおっとり上品な母のこんな姿も見たくなかった。



「閣下、アレックスが休暇明けにある月華の舞コンテストに出ることになりまして。」


 ノワールの話に、母の顔色が変わった。



「月華の舞…」


 そう呟いた母がはらはらと泣き出した。



「わらわは一度も見たことがないのですわ。」


 え?どんな政略結婚でも儀礼上必ず踊るあの舞を母の前で一度も踊った事がないの?


 仮面夫婦だとは思っていたけれども、そこまで冷えきっていたなんて。



「ライラ。」


父が慌てたように膝の上の母を抱き締める。



「わらわが、どれだけ悔しかったか。いくら政略結婚で仕方なく貰ってやったからと…。白い結婚を提案して、月華の舞すら踊ってくださらなかった。いまだに口付けすらしてくださらない。いくら他に想い人がいるからと、馬鹿にして。一体誰に操だてしていらっしゃるのかしら。」


 こんなに感情を露にした母を見たことがない。



 そして俺ってば、そんなに義務的な関係の二人の間に生まれた愛の結晶ならぬ、義務の結晶なのね。


 そりゃ、父も俺の事抱っことかしてくれなかった訳だ。



「ライラ、私の踊りが見たかったのか?」


 驚くように聞く父に、そこ?っと聞き返したくなる。



 こくりと頷いた母の唇にそうっと父が小指を這わせる。父の小指の先が母の紅で赤く染まった。その指を自らの目尻に這わせた。


 父の眦まなじりが紅で赤く染まる。切れ長の瞳からくらくらするくらい壮絶な色気が立ち上る。



「ライラ、初め会った時から貴女に惹かれた。私に想い人がいるとすれば、それは貴女しかいない。私の最愛、月華の舞を捧げても良いか。」



 言葉なく頷く母に父は唇を重ねた。軽く触れるだけの優しい口付け。父の唇に、母の紅が移る。



 もともと華やかな顔立ちの父の容姿が目元と口元の紅が色を添えた。



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