第24話誑かす女

ノワールから、貰った魔法玉を展開した。



 目の前には、憎らしい男がいる。初恋のずっと大好きな人。


 その上、わらわと我が国の危機にただ一人だけ駆けつけてくれた人。



 救国の英雄、レオナルド。好きにならない訳がない。



 彼と結婚が決まった時、本当に嬉しくて、幸せだった。


 彼はハチミツを溶かしたようなその長く美しい髪をわらわに捧げてくれた。多分、その瞬間が人生で最高に幸せな日だったのではないかしら。



 婚礼のその夜にレオナルドから、笑顔で告げられたわ。


「ライラ、私たちは政略結婚だが、良い友人として生きていきたいと思っている。貴女を尊重したい。白い結婚でいよう。」


 砕け散った淡い恋心。何でそんな酷いことを笑顔で言えるのかしら、残酷すぎる言葉に泣くことも叶わなかった。


 心を押し込めた。これ以上傷付かないように自分の心に暗示をかけて、心を偽って生きる事を決めた。



「レオナルド、わらわ達は政略結婚だからこそ、白い結婚では駄目ですわ。例え他に想い人がいようと、王族としての義務は果たさねばなりません。」



 嘘よ。わらわはただ王族の義務を持ち出して、貴方を手に入れた狡い女。


 初夜に新郎が新婦の前で踊る『月華の舞』も踊る事なく、愛の言葉も口付けも何もない、ただ無言でお互いを貪り合うだけの初夜だった。 


 どこまでも丁寧で優しいレオナルドに身体は充たされたけれど、心はどこまでも空虚だった。つぅーっと涙が音もなく伝うのがわかった。


 レオナルドに触れたい。すがりつこうとする手を握り締め必死に我慢した。長く伸ばした爪が掌に食い込んで血を流したが気にする余裕もなかった。政略結婚なのだから愛を乞うてはならない、そう必死で自分に言い聞かせた。熱い身体と裏腹に心が凍えた。



 だからかしら、ノワールの言葉に乗ってしまった。


 それに、溢れだしそうな自分の心に蓋をするために暗示をかけるのはもう限界だった。暗示が効かなくなっていたのだ。これ以上は自分の命に関わる。



「夫人、ご自分に暗示をかけるのをやめて、閣下に暗示をかけられては?アレックスを守るために力を貸して貰いましょう。5分間だけ閣下の動きを止める魔法玉がございます。その間閣下のすべての感覚は喪われます。駄目元でかけてみられればどうですか?」



 そうね、アレックスの為ならば仕方ないわね。ノワールがアレックスの不利になるようなことする筈ないし、信用出来るわ。


 ついでに、あの人に愛してるって言わせてやろう。自分の抑え続けた憐れな恋心にそれくらいのご褒美与えてあげてもいいんじゃないかしら。


 それに、好きでもない女に心にもない愛の言葉を囁く彼を見たら溜飲も下がるに違いないわ。




 暗示の手応えは全くなかった。



 なのに…。


どうしたのだろう。



 どうして、レオナルドは、私を、こんな蕩けるような瞳で見るの?



「ライラ、私の最愛。」



 一度だけ愛の言葉を言って欲しいっていっただけなのに。どうして、ずーっと口を開けばバリエーション豊富に言ってくるの?


 どうしてわらわはレオナルドのお膝に乗せられてるの?



 暗示が効きすぎてるの?解除も効かない。どうしたら良いの?


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