第21話
寮にはフリールームがあって長期休暇まで毎日練習できた。その練習も今日が最終日。
月華の舞は神話『華陽王と月華姫』にも出てくる伝統ある舞で婚姻の際に新婦の前で舞い、その後新郎は長く伸ばした髪を切り落とし新婦に捧げる慣わしだ。
「しっかし、この激しい踊りを全身に鈴を付けて初夜に服を脱ぎながら新婦の前で踊るなんて、ヤバいよな。」
ギルバートが楽しそうに言う。
そう、この由緒正しい舞は見方を変えれば少し、いやかなりエロい。
最後は全身に付けた小さな鈴のみを残して一糸纏わずなんて、しかも踊りながら一枚一枚脱いでいくなんて、もうゲームをクリアしたご褒美特典の為に作られたような設定だ。
まあ、前世ではノワールの月華の舞見たさに頑張ったんだけど、難攻不落のノワール様が月華の舞を踊る事はなかった。どのルートでも嬉々としてアレックスを苛んでいたな。ガクブル。
まあ、コンテストの注意事項にはデカデカと全裸厳禁と書いてある。全裸になった時点で失格としますとあるから、大丈夫なんだけど。
なんでギルバートも出場するんだろう?単位問題ないんだからコンテスト出なくて良いよね?
ライバルは一人でも少ない方がいいんだよ。
「アレックス、部門が別れてますから大丈夫です。ギルバートは私がこてんぱんにしてあげますからね。」
そうなのだ。月華の舞コンテストは二部門に別れていて、一つ目は元からある王道の月部門、もう一つは華部門。
華部門は父が隣国の皇帝を伐った事を讃えてできた部門だ。敵の油断を誘えそうならOKと言う趣旨に従って近年では体力に自信のない生徒が創意と工夫でなんとか単位を勝ち取る為のいわば面白枠部門なのだ。
生徒の投票で順位が決まるので入賞を狙いやすいみたいだ。でも俺、女子学生から人気ないよ、いつも囲まれてガンつけられてるし。大丈夫なのかな?
この月華の舞は15分くらいの舞だ。高く跳んだり跳ねたり武術の型みたいで男らしくて格好はいいけれど、いかんせん体力がないと踊りきれない。
俺は5分も踊れば息があがってしまう。
ギルバートはさっきからずっと踊っているのに全然息が上がらない。
武術が得意だからなのか一つ一つの型がビシッと決まっていて格好いい。
いくら俺が格好いいからって惚れるなよ、なんて軽口を叩いてくるけど誰が惚れるか馬鹿ギルバート。
俺の抱える最大の課題はスタンバイ時だ。全身に巻きつけた鈴が鳴らないように舞台の中心まで移動しなきゃならないのだ。
音楽が鳴るまで鈴は一切鳴らしてはならない。皆簡単に言うけど、そんな手練れの武人みたいな事、俺には本気で無理なんだからな。
へたりこむ俺をノワールが覗き込む。
「アレックス、疲れたんですか。」
むーっ。疲れてなんかないもん。首を振る。
「では、何か怒っていますか。」
ギルバートの体力が無尽蔵なこととか。
ギルバートのせいで結局ノワールの練習が見れなかったこととか。
ギルバートからお前の踊りへっぴり腰で情けねーって笑われた事とか。
ギルバートがこっちに来るせいでノワールとギリアム先輩が二人きりで練習しているのがムカつくとか。
そう、全ては…。
「ギルバートのせいだ。」
折角ノワールの月華の舞が見られるチャンスを…。俺は怒りに震える手を握り締めた。
コツンとノワールの額が俺の額にぶつかる。ノワールの体温にドキリとする。顔が近い、近すぎる。
「例えあなたの感情が怒りだとしても、俺以外の人に感情を向けられるのは面白くないですね。」
ノワール、ノワールも俺を独り占めしたくなっちゃったとか?
さっきまでのぐるぐると沈んでいた感情が一気に浮上する。拗ねたような表情のノワールが可愛い。
ノワールの髪をわしゃわしゃする。
「アレックス、明日からの長期休暇は、あなたの家にいってもいいですか?」
え、いいの?いつも、俺が無理矢理呼び出して迷惑かけてた事に気づいたから、今回は言い出しにくかったんだ。
嬉くて俺は大きく頷いた。
明日からの長期休暇が一気に楽しみになる。
「ノワール、長期休暇中も一緒に練習しようね。俺、ノワールの月華の舞が見てみたいな。」
しれっと、長年の望みを口にする。寮ではギルバートに邪魔されたけど、今回こそは練習にかこつけて、絶対に見るんだ。
「アレックスの望みなら、いつでも喜んで踊りますよ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます