第20話ノワール
むぐむぐとクロワッサンを頬張るアレックスが可愛い。
ほおぶくろをパンパンにしたリスみたいで癒される、なのに…。
「アレックス、パン屑付いてるぞ。」
当たり前のようにアレックスの頬に手を伸ばしてパン屑を取ろうとしたギルバートの手を掴んだ。
私のアレックスに触れるんじゃない。ギルバートを睨み付けるが、ギルバートもこちらに挑発するように睨み付けてくる。やる気か?
「アレックス、いくら美味しいからと言ってパン屑は駄目ですよ。こっちを向きなさい、僕が拭いてあげますから。」
ギリアム先輩、あんたも一体なんなんだ。
最初あんなにアレックスに敵意を持っていたのに、今や甲斐甲斐しく世話を焼いて。
私のアレックスを構い倒すな。
こいつら本気で邪魔だ。何でいつも私達のテーブルに座って来るんだ。
最初は浮いていたかに見えたアレックスも、今ではすっかり馴染んでる。今や男子寮の、違うな学園のマスコットとして人気を博している。
学園では、常に女子学生に囲まれているし、寮ではこのふたりが絡んでくるし。いい加減にしろよ、私のアレックスが減るだろ。
「おやノワール、ご機嫌斜めだね。たまには僕達が慰めてあげようか。」
ギリアム先輩が悪魔の微笑みでやってくる。本気でいりません。
否定しようと口を開いた途端、口にクロワッサンが放り込まれた。アレックスの指先が唇を掠める。
「ノワールは俺がちゃんと慰めてあげるので、先輩もギルバートもどっか行ってください。」
アレックスが俺の身体に腕をぎゅっと絡ませた。急に感じたアレックスの体温に鼓動が跳ね上がる。
「あっ、ノワール口にパン屑ついてる。俺が取ってあげるからこっち向いて。」
アレックス、君が付けたパン屑だよ。こらこら、アレックス、取ったパン屑は食べてはいけません。
一斉にカトラリーが落ちる音が響く。
こちらを固唾を飲んで見守っていた他の寮生達が呆然と見ている。
アレックスが宣言した。
「ノワールは俺のなんで、先輩やギルバートには渡しませんから。ノワールを欲しければ俺を倒してからだ。」
えっへん、と威張るアレックスがかわいい。
「ふはは。」
先輩とギルバートの笑い声が響く。食堂が笑い声に包まれた。
「ところで、アレックスは剣術に自信があるのか?」
ギルバートが笑いながら聞いてくる。
「出来るわけないじゃないか。」
当たり前だろっと威張るアレックスもかわいい。
「やっぱしな、だったら後期の剣術基礎初級ヤバくない?必須だけど、先生厳しいから出席だけじゃ単位くれないぞ。」
アレックスが真っ青になる。
「アレックス、だったら月華の舞コンテストに出場してみたらどうかな?入賞すれば希望する単位一つに交換してもらえるよ。去年優勝した僕がマンツーマンで教えてあげるよ。」
ギリアム先輩が慈愛に満ちた眼差しでアレックスに提案する。
「先輩、ありがとう。」
ぱぁぁーっと花開いたように笑顔が戻ったアレックスが先輩の手を握り締めた。
手を取り合う二人を見て思う。ギリアム先輩は策士だ。最も警戒すべきはギルバートじゃなくて、ギリアム先輩だな。
私はギリアム先輩を敵認定した。
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