第13話ギリアム・バルドー



 カフェにノワールが入ってきた。いつもの彼とは明らかに違う幸せそうな様子に度肝を抜かれる。


 ノワールってこんな表情が出来たんだな。



 大切な宝物を扱うように妖精を連れてきた。



 カフェに射し込む光を受けてハチミツを溶かしたような淡い髪がキラキラと耀く。どこまでも儚いその姿は幻のように今にも消えてしまいそうだ。


 執事姿の私を見てキラキラと翠色の瞳を輝かせて、ぱぁぁーっと笑うその人こそがリヴィエラ公爵令息アレックスだった。


 明るい光の中でくるくると表情を変える万華鏡のようなキラキラした表情が愛くるしい。



 まあ、リヴィエラ公爵閣下の覇王感すら感じられる凄みの美貌に比べるとアレックスは容姿は整っているものの天真爛漫で愛らしいだけのお子様だけどな。


 色気は一切感じないしね。



 思わず愛らしさに覗き込んだ瞬間、独占欲まるだしのノワールが私の前に割り込んできた。


 ノワールは満面の笑顔を張り付けているが、目が笑っていない。何人か殺してきた後の暗殺者みたいな目をしているぞ。



 嫌々従ってたわけでないのがわかった。あのノワールが実家のパワーバランスを慮って令息に虐げられるなんてあり得ないとは思っていたが…。



 完全に骨抜きにされてる。幽霊屋敷と揶揄されるボロボロのこの汚い寮をアレックスが来るからと膨大な魔力を惜し気もなく使って建築当時の真っ白な姿にしたくらいだ。


 場末の食堂のように小汚なかったこのカフェという名の食堂も、お洒落なカフェに変貌を遂げていた。


 本当に埃と汚れを取っただけなのか?レイアウト替わりすぎだろ。他にも何かやっただろう。



 だが、こんなにノワールが尽くしても、まだまだこのお子様な深窓の令息がノワールの想いに気付いてるとは思えない。


 それどころか、一生気付かれないまま終わる恐れもある。完璧男ノワールの報われない姿が哀れで面白い。



 叶わぬ片想い御愁傷様とノワールの肩を抱いた。



 それを見たアレックスの表情が曇る。お日様のような天真爛漫な笑顔にほんの少しの翳りが交じる。


 ほんの少し瞳を伏せたことで、その長い睫毛が翠の瞳にほんのり影を落とす。その影から匂いたつような色気が立ち上る。


 あどけなさを遺すその人形のように整った美貌と愛らしいだけでない憂いを帯びた表情のアンバランスさに息を呑んだ。



 ノワールを魅了するあのアレックスが普通のお子様令息な訳なかったか。ふとした瞬間にこんな表情を見せられたら、他の誰にも見せずに自分だけのものにしてしまいたくなるだろう。気付いた男達が囚われていくだろう。



 アレックスがノワールの袖をひっそりと握り締めたのが見えた。



 ノワールの殺気が和らぐ。



 アレックスを見つめるノワールの目からはすっかり剣呑な光は消えていた。二人の視線が交錯する。


 お願いだ、こんなとこで見つめ合うなー。よそでやってくれ。



 なんだこれは、僕は一体何を見せられてるんだ?



 閣下、寮の部屋割の介入の仕方が間違ってます。ご子息は絶対に一人部屋にすべきです。私が今から寮長権限ですぐに手配しますから。


 あぁ、でもそれはそれで他の寮生が危険なのか。これは無自覚に人を魅了しまくるアレックスとこの狂犬ノワールから他の寮生を守る為の措置。



 そのためなら一人息子をわざわざ獅子の巣穴に放り込む。閣下のご慧眼に感謝いたします。



 ギリアム・バルドー。その類いまれな洞察力と鍛え上げた人間観察力により、理解したくない事を瞬時に理解してしまった憐れな男だった。


 


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