22.呪文

 窓の向こうには曇天が広がっている。ミシルシ様の予言と、ニュースの天気予報は今日も大当たりのようだ。流れ込んだ低気圧のせいかわたしは朝から酷い頭痛に喘いでいた。


「結や、結や。今日は何の用事もなかろう。大人しく寝ておいで」


 背中で声を受けながら台所に立つ。横になっていても痛いのに、動いたせいなのか。どくりどくりと頭に血が巡るのにあわせるように痛みが増す。


「……ご飯、作りますから」

「いらぬ。いや、食べられそうならお主は食べやれ」

「駄目ですよ。残り物ばかりになっちゃいますけど、せめてお汁だけでも……」


 鍋を出そうと屈んだところで、また一際大きな波のように痛みが押し寄せた。


「それ見たことか。早くこっちに戻ってきて横になりなさい」


 響かないよう気遣ってくれているのだろう。ミシルシ様の声はいつもより小さく細やかで、しかし有無を言わさない強さだった。


「これ以上無理をすれば恐ろしいことになるぞ」

「……おそろしいこと?」

「向こう一週間私の機嫌が地の底に落ちる。飯にけちをつけ、無理難題を言い、疲弊したお主は注意力散漫から足を滑らせ骨を折り入院する羽目になる」


 それは色々と困る。別の意味で頭が痛くなりそうな内容に思わずこめかみを押さえた。渋々料理は諦めて、布団の中に潜り込む。


「うむ、良い子だ。私のことはいい、ゆっくり休め」


 寝転がったことでほんの少し楽になる。布団の中から見上げた先で、ミシルシ様が静かにこちらを見つめていた。


「さっきのあれは、今日の分の予言ですか?」

「そうだ。お陰で酷い目に遭わずに済む。よかったな」


 予言、と言われば、なら仕方がないかと思えてしまう。まるで呪文か何かのような受け取り方は、我ながら単純極まりない。


「少しだけ、寝ます」

「それがいい。やれ、子守唄でも歌ってやろう」

「それはいりません……」


 不満そうな気配はしたが、今日は不敬とは言われなかった。

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