17.額縁
秋晴れの空は高く、澄みきった青が眩しい。木々が色づいたこともあり窓が切り取った景色は一枚の絵のように見える。
「いい天気ですね」
思った相槌が返ってこないのを訝しみつつ振り返る。眠っているわけではないようで、ミシルシ様の瞼は薄ら開いているがその目はどこか遠くを見つめていた。
「お主は、欲のない奴よな」
突然何を言い出すのかとわたしが首を捻る間も与えずに、ミシルシ様は淡々と続ける。
「聞けば私は応えるというのに。現に今までお主らはそうしてきたろう。自分たちが儲かるよう、栄えるよう」
きろりとこちらを向いた瞳がわたしを見据える。
「株の動きも勝ち馬も、望めば応えよう。それを聞きもせず好き好んで日ごとあくせく働いて」
「別に好きでそうしてるつもりはないんですが」
成人してほどなく、相次いで両親が亡くなった。もはや子供とも言えない、大人にはなりきれていない時分。身寄りはなく、頼りになるのは自分とミシルシ様のふたりきり。足掻きもがいているうちに、今に至っただけのこと。だからといって、その予言に頼ろうとは不思議と今も昔も思わなかった。
「ああ、でも。きっとあなたの育て方がよかったからですよ」
あっけらかんとそう返すと、鳩が豆鉄砲を食ったように冷めていたその表情が崩れる。萎えていた目が感情をうつしてちらりと揺れた。
「そりゃお金があるに越したことはないけれど」
母はいい顔をしなかったが、幼い頃から暇さえあればミシルシ様の傍で過ごした。わたしの人生のなかで多くを与え、多くを教えてくれたのは間違いようもなくこのヒトだ。
「それよりもわたしは、ミシルシ様の、天気予報やらスーパーの特売情報やら聞くのが好きですよ」
「ほんに、結は欲のない奴よ」
呆れた声でそう言ってミシルシ様がはにかむ。ふにゃりと垂れた目元と眉が柔らかに弧を描く。
秋空を背にしたその顔はとても綺麗で、額縁に収めた絵のようだった。
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