13.流行

 夕飯の支度をしていると背後から歌う声がした。振り返って見てみると、機嫌がいいのであろう、CMソングにあわせてミシルシ様が歌っていた。


「ご機嫌ですね」

「む?鍋いいのか、焦がすぞ」

「おでんだから、しばらくは弱火で煮込むので目を離しても大丈夫」


 手を拭きながら居間に入り、ミシルシ様の目の前に腰を下ろす。続きを待っているのだが、うんともすんとも聞こえやしない。


「もうお終いですか」

「何だ、そうまで言うなら披露してやろうじゃないか」


 ふんすと得意げに鼻を鳴らして唇の薄い口が開く。今度は聞いたことのない、童謡のような曲だった。いつもよりも少し低く、ハスキーな声が緩やかに伸びる。その声に、鍋がしゅんしゅんと鳴る音、テレビの向こうの笑い声が重なり響く。思わずわたしは目を瞑り、しばしそれに聞き惚れる。


「お上手で」

「当然だ」


 小さな拍手をしてみせると、ミシルシ様が揚々と笑む。今日は本当にご機嫌だ。


「流行りの曲も歌えるぞ。ほら、これ最近よく聞くだろう」


 そう言うと先ほどまでとは対照的なアップテンポで歌い始める。一時はオリコン首位を独占していたその曲、しかも英語版。何という完璧で無敵な偶像。


「いつの間に覚えたんです、それ」

「ふふん、驚いたか」


 感心半分呆れ半分で問う。驚いたかと言われれば驚いた。そういえば最近よくタブレットで何か見ていたなと思い出す。


「歌はよい。首だけでも没頭して楽しめる、数少ない娯楽だ」


 確かに、気づけば思ったよりも時間が経っていた。そろそろ鍋がいい塩梅に煮える頃だろうと腰を上げる。


「そういえば、今日は停電が起きるぞ。今のうちに明かりの用意を……」


 言いかけたところでぶつんと全ての電気が消えた。もう少し早く言ってほしいところだったがわたしの方も文句は言えない。ふたりして時間も忘れ、楽しみ過ぎてしまったようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る