12.湖

 天高く馬肥ゆる秋。肥えるのは何も馬だけではない。ベルトに乗る肉がいやでも目に入り、いよいよ危機感を覚える。仕方がない、新米が美味しいのがいけないのだ。


「なんだ結や、お主最近太ったか」


 明け透けと言えば聞こえがいいが、要はデリカシーにかけるミシルシ様のひと言がとどめとなった。自分を誤魔化すにしても大分無理があったのだ。人から言われてしまったら、これはもう逃れようもない。


「……少々食べすぎましたね」

「体があるのも難儀よのう」


 笑っていいのか判断に困るジョークをかまして、ミシルシ様は今日もご機嫌だ。


「運動しないと。公園の池の周りでも走りますか」

「池?あれは沼だぞ」


 確かにいつも青緑に濁ってはいるが、沼というほどだったろうか。


「池は人が作った物をいう。あれは自然とできたものだから沼、もう少し深ければ湖で、泉は水が地中から湧く所を指す」

 

 わたしの疑問を汲み取って、ミシルシ様はそう説いた。なるほど、何となくで使い分けていたがそう言われるとわかりやすい。長く生きただけあってミシルシ様は博識である。


「おい。年の功だとか思っただろう、不敬な」


 どうやら年齢の話はタブーだったらしい。気にする段階は過ぎていると思ったのだが、なかなか難しいものである。


「ああ、そうだ。運動するのはよいことだが、あの沼の周りはやめておけ」

「どうして?丁度いいランニングコースですよ」


 寒くはなってきたものの今の時期ならまだ走れる。公園として道も整備されているので、ジョギングに訪れる人も多い。


「早晩あそこの近くで死に体が上がる。見なくていいものは見ない方がいい」


 ミシルシ様は天気予報の気軽さで、えらく物騒な予言を述べた。悪戯付きなこのヒトのことだ。散々脅かしておいて、動物のという可能性もなくはない。とはいえ気持ちは良くなかろうと素直に言葉に従った。



 全国ニュースで事件の話が流れたのは、それから三日後のことだった。

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