10.来る
朝言いつけてはみたものの、あやつは帰ってくるだろうか。そう気を揉みつつ夕暮れ空を眺めていたら玄関からかたりと郵便を拾う音がした。
「おかえり。早かったな」
「ただいま。『濡れたくないなら、今日はやにわに疾く帰れ』って朝言ったのはミシルシ様じゃないですか」
全く大仰な天気予報だ、とあやつが鼻を鳴らす。その体には幾重にもどす黒い糸が僅かに絡んでいた。
ぞろりぞろりと悪意をもって纏わりつくそれは、人の髪でもよったようで気色が悪い。細く長く伸びた先は家の外へと続いていた。当の本人はといえば、やはり見えてはいないようで、特に気にした風もない。
「途中買い物にも寄りませんでしたから、今晩は有り合わせでも文句言わないでくださいよ」
こちらに背を向けた隙をみて、それをふうと吹き飛ばす。大元から離れているせいだろう。さしたる抵抗もなく澱のようにかき消えた。
「嫌だ嫌だ、ついて来るなさっさと去ね」
まだ残滓があるような気がしてふっふと小刻みに息を吐く。吹けば飛ぶようなものでよかった。多少のものなら祓えるとはいえ、自分の得手はあくまで見るに尽きるのだ。
まあそもそも、今となっては出そうにも出せる手足すらないわけだが。
「ミシルシ様?」
冷蔵庫を覗いたあやつが、返事がないの気にしたようにこちらを呼ぶ。無視されたとでも思ったのかぱちりと目が合った先で眉を不安げに垂らしている。
「やだぞ。寒くなってきたしおでんが食べたい」
「そんな煮込まなきゃいけないの今からじゃ無理に決まってるでしょ」
不敬な、といつもの調子で小言を投げればどこかほっとしたように台所へと戻って行った。図体ばかり大きくなったが、こういうところはまだまだ幼い。
「結や、テレビをつけてくれ」
明るく光った画面の向こうでは夕方のニュースが流れている。
『速報です。先程住宅街で男が刃物を振り回し、近くにいた一人が死亡しました』
「うわ、これ近くじゃないですか」
ちらりと映った地面は惨状に赤黒く濡れていた。
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