7.まわる

 秋も深まり、やれ酒が旨い季節だとミシルシ様にねだられ今夜は月を肴に飲むことになった。普段の食事では吸飲みを使うことが多いが、それでは酒が不味くなると渋く眉を寄せられ、確かにそれはそうだろうも戸棚の奥から杯を取り出す。しばらく使うこともなかった、今の我が家には不釣り合いに立派な朱塗の杯を酒が満たしていく。


「もっとだ、もっと」

「あまり多いと飲ませづらい。溢したら怒るでしょう」


 ちゃんとおかわりを注ぐからと宥めつつ、口元に運べば途端に静かになったのでわかりやすい。美味そうに目を細める姿は見ているこちらにまで味が伝わるようだった。


「今年もいい出来だな」

「それはよかったですね」


 とはいえわたしに日本酒の味はわからないので、大人しく自分用のビールを開ける。さしてアルコールに強いわけでもなく、味も好きとまでは言わないが今夜は一緒に飲みたいそんな気分だった。


「結、手が止まっとるぞ。もう一杯だ」


 片やこちらはうわばみで、早く寄越せとせっつかれる。言われるままに差し出すと、水でも飲むようにみるみると杯が干された。


「良い飲みっぷりで」


 その合間に、ちびりちびりと舐めるように自分のグラスを傾ける。わたし自身は大して飲んでいないはずなのだが、ぼんやりとしてきた意識の先で視界がふわふわとまわっている。


「こら、ここで寝るな。布団に行け」

「……まだ平気ですよ」


 そう強がってはみたものの、手元が少々覚束ない。倒して溢してはまずかろうと、まだ中身の残る酒瓶の栓を閉めた。


「駄目だ。拗らせると長患いになる。わたしの予言が信じられないか」


 時折見せる保護者のような顔で言われては、うんと言うより他にない。この顔にわたしはめっぽう弱いのだ。予言というより躾の類に聞こえたわけだが、そこは言わずに大人しく布団を敷くことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る