5.旅

「お主は旅行に行きたいとは思わぬのかえ」


 ミシルシ様の髪を梳かしていると、不意にそう尋ねられた。その視線をたどると、テレビでは旅番組が流れている。


「特に思いませんね」


 長い髪は伸びこそしないが、こうして梳くのが欠かせない。伸びなくて本当によかった。手先の不器用さにはそこそこ確信があるので、散髪なぞしなければならなかったのなら惨事になったのが目に浮かぶ。


「というか、無理でしょう。貴方がいるのだから」

「気にせずとも二、三日なら構わぬぞ」


 そうは言われてもわたしが構う。万一留守中、家の中に人が入りミシルシ様が見つかったらと思うとぞっとしない。今だって四六時中家にいるわけではないが、それでも長く家を空けるのは不安が勝る。


「何なら我も連れて行けばよい。なに、多少の荷物扱いは許してやる」


 荷物扱い、と言われた思わず想像してみる。機内持ち込みできるくらいのキャリーバッグや旅行鞄なら、しまえないことはないサイズだ。息苦しそうな気はするが、そもそも呼吸が必要なのかも怪しいのでそこは問題ないのだろう。

 問題があるとすれば、わたしが生首を持ち歩くというその状況。

 どう足掻いても、絵面から犯罪臭しかしない。


「……嫌ですよ、面倒くさい」


 うっかり止まっていた手を再開する。細い糸のような髪は手触りがよく、わたしはこの作業が嫌いではなかった。


「何じゃ、つまらぬ」


 唇を尖らせる姿が幼なげで、頭を撫でたら不敬と決まり文句で返された。


「まあ、いずれは嫌でも行くことにはなろうがな」

「予言ですか」


 ミシルシ様は笑うばかりで応えない。わたしもそれ以上聞く気がないので、この話題はこれで終わりだろう。旅番組はいつの間にか終わっていて、今は空港ドキュメンタリーの再放送に変わっていた。


「……行くとしても、ミシルシ様が一緒なら飛行機はなしですね」

「だな」


 保安員の手で容赦なく開けられる鞄の映像は、それだけで薄っすら肝が冷えた。

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