4.温室
至って庶民的な我が家であるが、ベランダには温室がささやかながら設えてある。もちろん、植物を育てるためではなくミシルシ様のためのものだ。
「この辺りでいいですか」
「うむ、悪くない」
日当たりのいい、けれど目や肌を痛めないよう直射日光避けの日傘の下、分厚く敷いた座布団の上に転ばないよう注意してその首を置く。この温室は、当然ながら、ほいほい出歩くことの叶わないミシルシ様の日光浴のために作った。用途としてはサンルームと呼ぶべきなのだろうが、いかんせん予算と技術の問題から人ひとり入るサイズは難しくかなり小ぶりなものだ。有り体に言うなら、丁度鉢植えひとつ分。ゆえにやはり、これは温室と呼ぶのが相応しい。
「しばらくここで休む。呼ぶまで放っておいていいぞ」
久しぶりの晴れ間で心地いいのだろう。いつもよりもミシルシ様の声も心なしか弾んでいた。わたしとしても天気のいい休日とくれば、やりたいことやらねばならないことはそこそこにある。お言葉に甘えて、これ幸いと洗濯物を片付けることにした。
「そろそろ衣替えの時節かえ」
長袖のシャツを干すわたしを横目に、服は必要ないミシルシ様が問う。長い髪が日に透けて、キラキラと白金に光っている。
「そうですね。まだ暑い日もありますが、いい加減用意しないと痛い目みそうですから」
天気予報を確認したが、今日は一日晴れ模様らしい。折角ならば布団も干したい。洗濯物を片付けて、そのまま布団にとりかかろうと室内にもどり掛け布団を抱える。しばらく干すのをサボったせいか、やけにずっしり重い気がした。
「やめておいで」
えっさほいさと運んだところでミシルシ様から声がかかった。
「それはやめた方がいい。今年はカメムシが多いからね、あとで悲鳴はあげたくなかろう?」
ついでにそこの戸を閉めといてと仰せつかった。かくして本日のありがたい予言で、わたしのお布団の平穏は守られた。どうせわかっていたのなら、運び出す前に教えていただきたい。
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