3.だんまり

 ふと目が覚めた夜半過ぎ。正確な時間はわからないが辺りの静かさとまだカーテンの隙間から光の一筋も見えないあたり、夜明けまでは時間がありそうだ。そのまま寝直そうとしたのだが尿意を覚えて、わたしは渋々寝床を抜け出した。


 用を足し終え部屋に戻ると、気のせいか先ほどよりも闇が深い。トイレで明かりに目が慣れたせいだろう。とはいえ住み慣れた、しかもそこそこ狭い、我が家である。わざわざ明かりをつけるまでとない。床に投げ出した雑誌やらタオルやらを踏まないよう、手探りで進む。

 ひやりとした柱の感触を辿り、本棚に触れる。ざらりとした埃の感触がして次の休みは掃除をしなければと嫌な予定が刻まれた。そろそろ布団というところで指先に触れたのは細い細い生糸の感触。


「こら、不敬ぞ」

「ぅわ!?」


 慌てて手を引き思わず無罪を示すように顔の横へ掲げる。眠気は吹き飛び、心臓がうるさい。


「全く横着しおって。そんな埃っぽい手で触られては自慢の髪が台無しだ」

「すみませんでした」


 暗がりのなか、見えないはずのその両の目がこちらを睨む気配を感じる。思わず居住いを正してその場に正座した。


「その……明かりをつけるのは、ミシルシ様を起こしてしまうかと思いまして」


 確かに半分はそうだが、半分は単純に面倒くささに横着したのだ。苦しい言い訳はお見通しなのだろう。その証拠に言葉を重ねるわたしに対して、ミシルシ様はだんまりになってしまった。これはちゃんと顔を見て謝らなければ許してはもらえないだろう。

 明かりをつけよう立た上がった拍子、棚の角に強か右足小指を打ちつけた。


「痛ッ……!?」


 うっかり悶絶しているわたしに、くふくふと忍び笑いが降ってきた。


「ちゃんと朝に言っていたろう。夜道には気をつけろって」


 これは、怒っていたのではなく。わたしに起こることを全部わかったうえで面白がっていたらしい。言われてみれば朝の予言はそんな内容だったか。それにしても夜道の定義が広すぎやしないかとわたしは痛む足をさすった。

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