17 : 17歳のサイボーグ

 此処、ノースリッジ軍事基地では、午前6時に鳴り響く鐘音が朝の訪れを知らせる。

 ベッドの上で身体を起こすと、見慣れない部屋の中にいた。

 ……そうか。私はマザーボードの軍事基地に来て、今日からここで軍人として生活するんだ。

 昨日ユリサから渡されていた軍服に袖を通し、ジャケットのボタンを閉めると、なんだか身が引き締まる思いがした。姿見に映る自分の姿は自分じゃないみたいだ。


「……頑張らなきゃ」

 鏡に映る自分自身に向かって、私はそう言い聞かせた。

 その時、ドアをノックする音が聞こえた。

「フラン、おはよう!私、ユリサだけど、入ってもいい?」

「ユリサ、おはよう!大丈夫だよ!」

 ユリサは扉を開けるなり驚いた顔をして、暫くの間何も言わずに私を見つめていた。やっぱりこの格好、似合ってないだろうか。


「あ、あはは……変だよね?なんか、ソワソワする。私じゃないみたいで……」

 ユリサがあんまり私をじっと見ているので、なんだか少し恥ずかしくなってそう言うと、ユリサは気の抜けた笑みを浮かべた。

「全然変じゃないわよ。前はフランもずっと軍服を着ていたんだし。だけど、こうやって見るとフランが戻って来てくれたんだって、身に染みて感じるわね。なんだか嬉しい」


 外見だけはかもしれないが、中身は何も覚えていない、戦闘経験のないただのアンドロイドだ。その証拠に、纏った軍服の肌触りに馴染みはなく、一般人が試着をした時のような違和感があった。

 だけど、この服を纏ったからには弱音ばかり吐いていられない。


 昨晩、ユリサが言った言葉が頭の中で再生される。

「怖いけど、生きる理由があるうちは、守りたい人がいるうちは、生きて戦わなければいけない。私にはそれ以外の道なんてないの」

 側にいてくれるなら戦わなくてもいい。ユリサは私にそう言った。

 だけど、ユリサの側にいる為には、強く在らなくてはならない。


「フラン?大丈夫?」

 ユリサが心配そうな表情を浮かべて私の顔を覗き込む。

「うん、大丈夫」

「本当に?今日はやる事盛り沢山だから、キツかったらいつでも言ってね?」

「うん、ありがとう。ユリサ」

 ユリサに心配はかけたくない。マイナスからのスタートなんだから、キツいのは当たり前だ。


 ユリサが指で宙をなぞると、スクリーンが現れた。そこにはびっしりと文字が記載されている。

「今日はまず軍隊復帰の事務手続きを司令部で行って、その後に役職者への挨拶、それからヴァイスリッターの所へ行って……」

 呪文を唱えるみたいに本日のスケジュールを読み上げるユリサは、まるでタレントのマネージャーみたいだ。

 キツいのは当たり前。キツいのは当たり前……

 私は何度も心の中で、自分自身にそう言い聞かせた。



 *



 ユリサに言われるがまま、案内される場所から場所へと移動して、事務手続きや挨拶回りを行っているうちに、いつの間にか外は暗くなっていた。早送りで再生されているかのように、今日一日は時間の流れが早く感じた。

 この日最後の予定を終えて司令部を出た時には、情けないことにアンドロイドであるにも関わらず、体力の限界を感じていた。


 聞いた話だと、明日からは早速実技訓練に入るとのことだ。この程度で疲れ果てていて、戦うことなど出来るだろうか。やるしかないと覚悟は決めているけれど、正直物凄く不安だ。

 寮までの道をユリサと肩を並べて歩く。今日一日、私と同じハードなスケジュールを熟したというのに、ユリサの横顔は涼しげで、疲れている様子など微塵も感じられない。流石軍人、と言ったところか。


「フラン、今日はお疲れ様。ちょっとスケジュール詰め込み過ぎちゃったかなって心配してたんだけど……平気だった?」

 ふと思ったんだけど、ユリサって冷静沈着に見えて、ちょっと天然入ってる?

 私は精一杯の笑みを浮かべながら答えた。

「ぜ、全然平気だよ。慣れない環境だから、ちょっとだけ疲れたけど」

「それはそうよね。フランの調子を見て、明日から実技訓練に入ってもらう予定だったけど……どうする?キツそうなら、予定を少し遅らせてもいいのよ?」

「大丈夫大丈夫!これくらいのことで疲れてたら、戦うなんて絶対に出来ないよ!それに私、一日でも早く戦力になれるように頑張りたいの!」


 ユリサは不安げな表情で私を見ていたが、その後穏やかに微笑んだ。

「そう。でも、本当に無理しちゃダメよ。辛くなったらすぐに私に言うこと!ちゃんとわかってる?」

 ユリサがなんだかお母さんみたいに見えてきて、思わず笑ってしまった。可笑しいな、私に母親なんていないのに。

「わかってる、わかってますよ!ありがとう、ユリサ」


 あの日、ユリサが私の元へやって来なければ、私は今も人間たちの世界で暮らしていたのかもしれない。何もわからないまま、失った記憶の手掛かりも掴めないまま、工場の中で目の前を流れてくる部品を組み合わせていただろう。

「私、ユリサに会えて良かった」

「えっ!?」

 ユリサは素っ頓狂な声を上げて、頬を赤く染めた。私はそんなにおかしなことを言っただろうか。

 ユリサは気を取り直すように、一つ咳払いをした。


「も、もう。そういうことはいきなり言わないの。まあ、嬉しいけど……だけど、なんだか今のフランは……」

 そこまで言って、ユリサは言い淀んだ。

「今の私は?」

「今のあなたは……とても不思議。以前のフランとは、別人みたいに性格もかけ離れているのに、今もこうして私の隣にいてくれるの。

 きっと、何回フランが記憶を失って私のことを忘れても、私はあなたを見つけ出す。そして何回でも、私たちは親友になるの」

「ユリサ……」


 この子、さっきの私の言葉で赤くなっておいて、自分はこんな恥ずかしいことさらっと言っちゃうんだ。

「聞いてもいい?私とユリサが初めて会った時──あ、今回じゃなくって、その、本当に初めて会った時、私たちはどうやって出会ったの?どうやって、仲良くなったの?」

 その答えを知ったら、何か思い出せるかもしれない。


「それは……」

 そう思ったのに、ユリサは猫みたいなイジワルな笑みを浮かべただけで、教えてはくれなかった。

「内緒。フランが自分で思い出さなきゃ、楽しみがなくなっちゃうじゃない?」

「ええっ、まぁ、それもあるんだけどぉ……」

 やっぱり、どう足掻いてもユリサの方が一枚、いや何枚も上手っぽい。


 ユリサは私を置いて、先へ進んで行ってしまう。

「待ってユリサ!じゃあ、一つだけ教えて?」

「なに?」

 ずっと気になっていたけど、バタバタしていて聞けなかったこと。ユリサはアンドロイドではなくサイボーグ、半分は人間だ。

 アンドロイドは老いることがない。見た目に変化も現れないから、生物特有の成長過程「加齢」にはとても興味を引かれる。それは他のアンドロイドだってそうだろう。


「ユリサって何歳?」

 ユリサは、何故そんなことを聞くのかとでも言いたげな表情を浮かべていたが、存外あっさりと教えてくれた。

「17歳よ」

「17!?」

 2300年代、人間の寿命は平均150歳ほどと言われている。サイボーグの平均寿命まではわからないけど……


 AIに明確な寿命は無く、アンドロイドなら外装ボディを取り替えれば、何百年と動き続けることも可能である。

 この時代、人工知能は人間よりも遥かに長命なのだ。

 そして実際に──言い方は悪いが、そんな化け物のようなアンドロイドが存在するらしい。

 そして私も──私がいつ造られたのか、正確な年代はわからないけど、かなりの年代ものだということはわかる。恐らく私も、その化け物クラスのアンドロイドのうちの一体だ。


 そう考えてみると、私から見ればユリサなんて赤ちゃん──いや、もはや胎児のようなものかもしれない。

 ユリサが赤ちゃん……嘸かし胎内では暴れ回っていたことだろう。思わず吹き出してしまった。

「なに笑ってるのよ?」

 ユリサがじろりとこちらを見やる。

「ふふっ、何でもないよ!」

「ちょっとー、気になるでしょ!」


 軍事基地には不似合いな笑い声が、街灯の下で響いていた。

 ユリサと一緒にいると楽しくて仕方がなくて、ずっとこうして一緒に笑っていたい。心からそう思った。

 だけど、いつだって願いには対価が必要で、戦いには犠牲が伴う。

 

 この時の私は、そのことをわかっていなかった。

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