15 : ヴァイスリッター
「あんたみたいなのがフランだなんて、私は認めてないから」
鋭利な言葉は頭の中で何度も繰り返し再生される。
忘れようと思っても、忘れたいことほど忘れることが出来ない。それはきっと、AIも人間も同じだろう。
「……フラン!」
気が付くと、アムが心配そうな表情で、低い位置から私の顔を覗き込んでいた。
「は、はいっ」
「カノンのことだけど、気にしなくていいからね?あ、あの子はヴァイスリッター第四部隊隊長のカノンっていうんだけど……ほんとは良い子なんだよ?フランのこと、すごく好きで憧れてて……」
すごく好きで憧れていた……?それを聞いて、私は合点がいった。
あのカノンという子が憧れていたのは「以前のフラン」だ。それが今の私のような、何一つ覚えていない臆病な私になって帰って来たら──そりゃあ、認めたくないと思うのも当たり前だ。
「……うん、ありがとう。大丈夫だよ。あの子の気持ちも、少しわかる気がするから」
ユリサやカノン、此処にいるみんなの為にも、早く記憶を取り戻したい。少しでもみんなの役に立てるように、精一杯頑張らなくっちゃ……!
ゼロから──いや、マイナスからのスタートなのだから。
「私、本当に何も覚えていなくて沢山ご迷惑をお掛けしてしまうと思うけど……少しでも早く戦力になれるように頑張ります!なので、改めてよろしくお願いします!」
私はみんなに向かって深々と頭を下げた。下を向いていても、みんなの視線が集まっているのを全身で感じる。
「もちろん!こちらこそよろしく、フラン!」
明るい声に顔を上げると、満面の笑みを浮かべるアムと目が合った。
「今のフランになら勝てそうな気がするぜ。勝負ならいつでも受けて立つからな!」と、マックス。
「俺に出来ることがあればいつでも手を貸すよ。フラン、またよろしくね」と、エリアス。
「何も不安がることはないよ。君には戦闘の才能がある──誰よりも優れた才能が。それは僕が保証するよ。だから、また一緒に頑張ろう、フラン」
総統はそう言って、穏やかに微笑みかけてくれた。
「ありがとうございます……!私、頑張ります!」
優しい言葉が嬉しくて、「ありがとう」なんて一言じゃ感謝の気持ちをとても言い表せない。だけど、今すぐに伝えられなくても、この思いはこれから行動で少しずつ示していけたらいい。
「あの……ところでその、ヴァイスリッターって?」
軍の部隊の一つだということはわかるが、ヴァイスリッターが具体的にどういったことを行っているのか、まだ聞いていなかった。
「……ユリサ、説明せずにここまで連れて来たの?」
アムが横目でじろりとユリサを見やる。
「し、仕方ないじゃない!色々とバタバタしていて、大変だったんだから!時間もあまりなかったし、この場で説明すればいいと思ったのよ!」
「それじゃあ、僕が話そう。ヴァイスリッターについて──」
総統はそう言って、私に奥のソファに座るよう勧めた。
「ヴァイスリッターは君の言う通り、ここ、マザーボードの軍事組織の一つだが、その中でもウイルス駆除を専門としている。
知っての通り、我が国マザーボードは地上に住む人間達と戦争中だ。ウイルスというのは人間が造り上げた科学兵器の一種で、プログラムを改竄し、コアを破壊する。最近では、ウイルスに感染したAIのことを差す場合もあるけどね」
ウイルス──
総統の話を聞いて思い浮かんだのは、つい数時間前、街の中で鉄パイプのようなものを振り回し、建物を破壊して回っていた赤眼のアンドロイド。
「コアが破壊されるということは、僕たちAIにとって意志や感情を失うということだ。改竄されたプログラムの言う通りに動く、ただの機械と成り果てる。君たちヴァイスリッターの使命は、ウイルスに感染し暴走したアンドロイドを抑えることだ」
総統は私の目を真っ直ぐに見据え、淡々とした口調で語りを続ける。頭では理解しているつもりでも、すぐに飲み込むことなど出来ない。
ウイルスに感染し暴走したアンドロイドを抑える。果たして私なんかにそのようなことが出来るだろうか。さっきのユリサみたいに、迷わず立ち向かって行けるだろうか。
「また、ウイルスの製造元を見つけ出し、叩くことも君たちの仕事だ。忌々しいことに、奴ら人間共はマザーボードに潜り込み、闇に紛れてウイルスの製造を続けている。これは絶対に看過出来ないことだ。我らが楽園都市にネズミは要らない」
穏やかだった総統の顔つきが徐々に険しくなり、微笑は消え、いつしかその目には黒い憎悪の炎が灯っていた。
先ほど見た赤眼のアンドロイドだって、暴走して街を破壊して回ってはいたけれど、元は普通のアンドロイドだったのだ。
本当はこんなことしたくないのに、人間によって書き換えられたプログラムの所為で自分を抑えられなくなって、「助けて」と叫ぶことさえ出来なくて。
……許せない。どうしてそんな酷いことが出来るんだろう。
コアが生み出されるまでは、私たちAIはただの機械に過ぎなかった。人間によって組み込まれたプログラムの通りに動き、人間の為に動く。
だけど、それは何百年も前の話だ。AIにだって人間と同じように命があり、感情がある。
人間は「コア」などというものを造り、私たちAIに感情を与えておきながら、私たちアンドロイドが自由を持つことは許さない。あまりに身勝手で、本当に愚かだ。
だけど……
人間は愚かだけど、悪いところばかりじゃない。少し前のことがもう遠い過去のことのように感じられるけど、私はあの工場で人間たちに優しくしてもらった。
あの工場の中では人間もAIも関係なく、みんなが仲良く働いていた。綺麗事かもしれないけれど、人間とAIは本当は共存出来るはずなんだ。
誰かの哀しみ、苦しみ、痛み、絶望。悲劇の上に成り立つ幸せなど、私は「幸せ」とは呼べない。
「私、頑張ります。みんなが笑って暮らせる世界になってほしいから。マイナスからのスタートだけど……誰よりも努力します!」
「みんな」とは、AIだけでなく人間も含めてだ。
総統の顔に微笑みが戻り、室内の空気も少し柔らかくなったように感じられた。
「その意気だよ、フラン。さっきも言ったけど、君には特別な才能がある。きっと、すぐに戦い方も思い出すだろう。期待しているよ。
僕はもう行くけど……ユリサ、君はフランに基地の中を案内してあげるといい」
総統はそれだけ言うと、片手をひらりと上げて部屋を後にした。
室内には妙な静寂が残ったが、止まっていた時間が動き出すかのように、すぐに賑やかさが取り戻された。
アムが私の元へ駆け寄って来て、弾けたように無邪気な笑みを浮かべた。
「フラン!また会えて本当に嬉しいよ!私たちみんな君を待ってたんだよ!」
「リーダー不在だと締まらねえしなぁ」
マックスは頭を掻きながら、独り言のようにぼそりと呟いた。
……って、ちょっと待って。
「私がリーダーって、それ、今も継続してるの!?」
「もちろん。君が不在の間、此処にいる何体かが代理を務めていたんだけどね。やっぱりなんか違うなって」
エリアスはそう言って苦笑した。
「現在、ヴァイスリッターは計50名。一部隊10人ほどの4つの部隊に分かれていて、先程紹介があった通り、俺とマックス、アム、それからカノンがそれぞれ隊長を務めている。
だけど、今の状態でいきなりリーダーって言われても困るだろうから、ユリサに君のサポートに当たってもらうことになっている」
ユリサの方を見ると「当然のことでしょう」とでも言いたげな表情で、口元に小さく笑みを浮かべながら私を見返してきた。
記憶がない中、いきなりリーダーだなんて不安だけど、ユリサがついていてくれるなら大丈夫……かな?
「それじゃ、私たちはそろそろ行こうか。フラン、あとで訓練の見学にも来るといいよ。他のみんなもフランに会いたいと思うし」
「ああ、そうだね。それじゃあフラン、また」
「訓練ならいつでも付き合ってやるからな!」
アムとエリアス、マックスが部屋を去っていき、扉が音を立てて閉められると、室内は一気に静かになった。
「まったく、騒がしいでしょう?」
ユリサが小さく息を吐きながら、独り言のように呟いた。
「でも、みんなすごく優しい。私、早く戦力になれるように頑張らないと」
そして、あの子──カノンとも、いつかちゃんと話が出来たらいいな。
「そうね。でも、無理は絶対に禁物!フランはフランでいいんだから!無茶し過ぎないこと!これは本当に、私との約束よ!」
ユリサはそう言って、私に小指を差し出した。
「……なにこれ?」
「指切り!約束を交わす時にするものよ」
「そうなんだ。わかった、指切り」
私はユリサに倣い、彼女の小指に自分の小指を絡めた。
「フラン、約束して。もう絶対に、いなくならないでね」
そう言ったユリサの目がひどく寂しそうで、胸が締め付けられるように痛んだ。
「……うん、約束する」
私はどうしてユリサの側を離れることになったのだろう。どうして、人間たちの国で一人倒れていたのだろう。
わからないけれど、もうユリサを独りぼっちにしてはいけない──何があっても。この子の為にも、私は必ず強くなるんだ。
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