14 : 信じるということ

 温かい眼差しや優しい言葉に触れて、不安や恐怖は徐々に溶かされていった。

 此処は軍事基地の中で、ユリサやみんなと同じように、私はこれから戦わねばならない。

 わかっているけれど、私の胸の中は陽だまりのように暖かくて、口元には自然と笑みが浮かんだ。

 目の奥は未だ切ない熱を帯びていて、涙は頬を伝い零れていくのに、口元は笑っているなんてなんだか可笑しい。


「さっ!フランも帰って来たことだし、私たちも改めてフランに自己紹介しないとだよね!」

 そう言って立ち上がったのは、耳の下でお団子を二つ括りにした少女型アンドロイド。あどけない顔立ちで身長も低い。人間で言うと12〜13歳くらいだろうか。彼女が動く度にリボンで結われたお団子が揺れ、どこか小動物っぽくて微笑ましい。


「それじゃあ、まず私から。私はアム。本来はセラピーアンドロイドとして造られたんだけどね……カクカクシカジカあって、今は一応、ヴァイスリッター第一部隊隊長をやってるよ。またよろしくね、フラン」

 そのアンドロイド──アムは、そう言って小柄な手を私に差し出した。

「よ、よろしく」

 彼女の手を握ってみて、想像以上の小ささに思わずはっとさせられた。こんなに小さな子が、しかも本来はセラピーアンドロイドだったにも関わらず、何故軍隊に……?


「じゃあ次は俺だ。ヴァイスリッター第二部隊隊長、マックス」

挑発的な笑みを浮かべながら、スキンヘッドの筋肉質なアンドロイドがこちらへやって来て私の目の前で立ち止まった。

 大柄で、確実に2メートル以上はあるだろう。私の身長は160センチだが、上を見上げないと彼と目を合わすことが出来ない。

 鋭い眼光に厚い胸板、軍服を身に付けてはいるが何故か彼だけは半袖で、幹のように太い両腕には黒いドラゴンや髑髏がびっしりと描かれている。


 マックスと名乗ったそのアンドロイドは私を見下ろして、にやりと不敵に笑った。

「フラン、久しぶりだなァ。戻って来たらまた勝負してやろうかと思ってたんだが、この後どうよ?」

 し、ししし勝負!?誰と誰が!?

「エ、エット……?勝負、ッテ……?誰ト誰ガデスカ……?」

 震える声で尋ねると、そのアンドロイド、マックスは眉を顰め怪訝な表情を浮かべた。

「あ?俺とおまえに決まって……」

 マックスが話している最中に突如黙り込み、表情を硬らせた。


「……マックス」

 それは正しく、冥界からの呼び声。すぐにはユリサが発したものだとわからなかった。ユリサは恐ろしい目をしてマックスを睨んでいた。

「じ、冗談に決まってるだろ?そんな怒んなよ、ユリサ……」

 マックスは声を震わせながらそう言って、すごすごと自分の席へと戻っていった。屈強で強面のマックスを容赦なく窘める、ユリサって凄い……と言うか、ちょっとコワイかも。


「もーっ、またそんなこと言って!マックスってば、前もフランに挑んでボコボコにやられてたでしょ?」

 アムがそう言うと、室内から小さな笑い声が聞こえ、マックスは耳の先まで真っ赤にして声を荒げた。

「は、はあ!?何言ってんだアムてめぇ!アレはなァ、あれ以上フランにやらせたら基地が半壊しかねないと思ったから、仕方なく身を引いてやったんだよ!」

 基地が半壊!?私の所為で!?


「ハイハイ、じゃあそういう事にしとこうか。じゃあ、次は俺だ」

「なっ、エリアスてめえ!?」

 マックス、まるで狂犬のように獰猛なアンドロイドだ。だけど、さっき彼と目が合った時、不思議と怖いとは思わなかった。

 ユリサやアムもだけど、正直よくわからない。どうしてヴァイスリッターに入ったのか、とか。私はみんなのことを忘れてしまっているのだから、よくわからなくて当然なのかもしれないけれど。


 マックスに「エリアス」と呼ばれたそのアンドロイドは私の前で立ち止まり、右手を差し出した。少し癖のある金髪に甘い顔立ち。AIだけでなく、人間の女性をも虜にしてしまいそうなほどの美形だ。

「ヴァイスリッター第三部隊隊長、エリアスだ。フラン、またよろしく頼む」

「よ、よろしくお願いします」


 骨張った手を取り、私たちは固い握手を交わした。

 エリアスの瞳はエメラルドブルーの宝石のように美しく、ずっと見ていると吸い込まれそうになる。エリアスがその美しい目でじっと私を見つめているので、私はなんとなく決まりが悪くなって目を逸らした。


 彼は長いこと私の手を握っていたが、私が目を逸らすと、手の力を緩めて握手を解いた。その後も左手にはエリアスの機械的な体温が微かに残っていた。

 エリアスが自席へ戻り、3人の自己紹介が済んだ。残すはあと1人。だけど、その少女型アンドロイドは俯いたまま、ちらりとも私の方を見ようとしない。


 ウェーブした栗色の髪に、ややつり目がちな大きな瞳。その目は燃えるような真紅で、ルビーの宝石のようだ。

 私がこの部屋に来てから、なんとなく彼女の存在が気になっていた。

 総統やアム、マックス、エリアスは和やかで、室内には歓迎の空気が漂っていたが、ただ一人彼女だけは、一度も私の方を見ようとしない。


 室内にどことなく不穏な空気が流れ始める。皆、そのアンドロイドの様子を気にし始めた。

「カノン!さっ、最後はキミの番だよ!カノンもフランが戻って来てくれて嬉しいでしょ?」

アムが明るい調子で言いながら、カノンと呼ばれたそのアンドロイドの背中を軽くたたいた。

 その子──カノンは面倒そうに小さく溜息を吐くと、立ち上がってアムの方へ向き直った。そしてはっきりとした口調で言ったのだ。


「イヤよ。自己紹介だなんて、子供っぽくてバカみたい。大体、もう知り合いなのにどうしてまた自己紹介しなくちゃならないの?」

 一瞬でユリサの顔つきが変わり、室内の空気が凍りついた。ユリサがなにか言うよりも先に、アムが口を開いた。

「ちょっと!今のフランは記憶を失ってるんだよ!?私たちのことだって忘れちゃってるんだから、自己紹介は必要でしょ!?」


「私たちのことだって忘れちゃってるんだから」か……

 アムに悪気はないとわかっていても、その言葉が胸に刺さって少しだけちくりと痛んだ。

 カノンはまた、声と息が混ざったような大きな溜息を吐いた。

「そんなの、やりたければ勝手にやればいいじゃない。だけど、私はやらないから。総統、もう行ってもいいですか?」

「うーん、仕方ないなぁ。今日はもういいよ」

総統はなにかを諦めた様子で、微笑を浮かべながら穏やかに答えた。


「ちょっとカノン!あんた自分勝手過ぎるでしょー!?」

カノンにはアムの声など耳に入らないようで、私の横を通り過ぎて行くかのように見えた。

 だが、私の真横まで来ると立ち止まり、ぼそりと耳元でこう言ったのだ。

「あんたみたいなのがフランだなんて、私は認めてないから」

 その後すぐに、背後で扉が閉まる音が聞こえた。


 私、バカだな……

 ユリサも、総統も、みんな私を「フラン」だと信じてくれていて、居場所を与えてもらえたような気になっていた。

 私だって自分が「フラン」だなんて、信じられないよ。

 それでもユリサが、みんなが私を信じてくれるから、私もみんなを信じてその期待に応えたいと思ったんだ。

 だけど……やっぱり「信じる」って、そう簡単なことじゃないよね。


「……フラン!フラン!」

 ユリサの声で、私の意識は今いる場所へと呼び戻された。

ユリサは私の両肩を掴み、真っ直ぐに私を見据えた。

「フラン!アイツの言ったことなんか少しも気にしないでいいんだからね!私、言ったでしょ?『フランはフランだ』って!だから、私を信じなさい!」

 ユリサを──?ユリサの瞳は燃えるように激しくて、その視線は真っ直ぐに私を射抜く。


 そうだ──私はユリサがいるから、何もわからないこの世界の中でも歩いて行こうと決めたんだ。

「……うん、大丈夫。ユリサを信じてるよ。もちろん、みんなのことも」

 ユリサ、アム、マックス、エリアス──そして、ナヌーク総統。一人一人の顔を見る。

 みんな、かつての私の仲間だった。そして、これからまた仲間になる。

 私はみんなを信じる。信じるんだ。私が、私こそがフランなのだと前を向いて進んでいく為に。

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