13 : アンドロイドの涙
「はじめまして、フラン。本来なら再会を喜び合いたいところだけど、どうやらその様子じゃ、ユリサから聞いていた通り本当に全部忘れてしまっているみたいだね」
端正な顔立ちをしたそのアンドロイドは、口元に微笑を浮かべながらゆっくりと私の目の前までやって来た。
ユリサやこの場にいる他のアンドロイド達と同じく軍服を身に纏っているが、彼一人だけデザインが大きく違っていて、左胸には黄金色のバッジが煌めいている。
ほんの一瞬、ユリサの目つきが鋭くなり、身構えたように見えたが、気のせいだろうか。
「えっと……あの……」
何と答えればいいかわからず、私が狼狽えていると、そのアンドロイドは切れ長の目を細めて微笑んだ。
「僕はナヌーク。君とは──いや、君と一括りにすると少し語弊があるかな。以前の君の上司に当たる。一応、この国の総統を務めている。よろしくね」
総統──!?
総統、即ち統治者。マザーボードの頂点に君臨するアンドロイドだ。
アンドロイドは造られてからいくら時が過ぎようと外見に老いが現れることはない為、あまり気にしない事ではあるのだが、彼は人間で言うと20代前後の青年の姿をしている。
にも関わらず総統とは──見た所、それほど古いアンドロイドだとも思えないのだが……きっと、とてつもなくハイスペック且つ有能な人工知能なのだろう。
「よ、よろしくお願いします……」
総統は笑みを浮かべながら私の前に右手を差し出した。その手は色白だが、やや歪な形に骨張っている。大きくて、軍人の手といった感じだ。
私なんかがこんなにも凄い方と握手をしてもいいのだろうか。躊躇いながらも、私はおずおずと右手を伸ばし彼の手に触れた。その手は冷たいような、温かいような……
指先が触れた瞬間、総統の手は引き込むように私の手をがっしりと包み込んだ。
彼の顔には絶えず微笑が浮かんでいる。まるで、この微笑みこそが彼の顔なのだと言わんばかりに。穏やかだが、その奥にある感情には一切触れさせない、壁のようなものを感じた。
総統にまでこんな風に接してもらえるなんて……以前の私は、本当に凄いアンドロイドだったんだなぁ。
……なんて、そんなことあるはずがない。人違い──いや、アンドロイド違いに決まっている。ユリサに手を引かれてマザーボードまで来て、おまけにヴァイスリッターのメンバーや総統にまで会って、「すみません、アンドロイド違いです」だなんてとても言えた雰囲気ではないけれど、それでも今言わなければ。取り返しのつかないことになる前に。
握手の手が徐々に緩められ、総統は私を真っ直ぐに見据えて不敵に微笑んだ。
「……間違いないね、君はフランだ」
私の思考を盗み読みでもしたかのようなその言葉に、全身を冷たい感覚が走った。
「いやぁ、ユリサから『フランを見つけた』と聞いた時は、正直半信半疑だったんだよ。ユリサを人間界へ行かせる前から、何百体ものアンドロイドに君の捜索を任せていたからね。2年捜しても、君は見つからなかった。それなのに、ユリサが捜しに行った途端、あっさりと君の居場所がわかったんだ。こんなことなら、最初から君に捜索を任せておけばよかったよ。ねえ?ユリサ」
総統はそう言ってユリサの方を見た。
ユリサの顔には感情が一切浮かんでいない。赤みがかった唇を真一文字に結び、長い睫毛は陰鬱に伏せられている。
ユリサは目線を上げ、鋭く光る眼差しで総統を睥睨した。
「……だから、私は初めからあなたにお願いしていました。それなのに、ずっと私を此処に縛りつけていたのはあなたでしょう」
事情はわからないが、どうやらユリサは総統のことをかなり嫌っているらしい。目に見えて苛々とした様子で、私と接する時の彼女からは想像も出来ないほど、鋭い目つきをしている。
いくら個人的に総統のことが嫌いでも、マザーボードのトップにそんな口の利き方をしていいものかと、私は恐ろしくてならなかった。
張り詰めた静寂を切り裂くように、総統がふっと口元を緩めて笑ったので、私は安堵して全身の力が抜けていくような気がした。
「たしかに。ま、結果的にはこうしてフランが僕たちの元に戻って来てくれたワケだし、良かったじゃないか」
場の成り行きを黙って見守っていた4体のアンドロイド達も、その言葉を聞いて各々頷いたり微笑んだりした。
「あっ、あの……!すみません、どうして私が『フラン』で間違いないとわかるのですか!?だって、私には昔の記憶が一切残っていないのです……!戦い方もわからないし、今の私は此処に居たって皆さんに迷惑をかけてしまうと思います……!」
総統は意外そうな顔をして私を見つめ、その後すぐに微笑を取り戻した。
「フラン、大丈夫だよ。君は間違いなく、僕たちの『フラン』だ。君は覚えていないだろうけど、僕と君はかなり長い付き合いなんだ。そう、ここにいる誰よりも。それに、ユリサは君の親友だし、彼らだって君と数々の戦場を越えてきた仲間だ。そんな僕たちが、君のことを他の誰かと間違えるはずがないだろう?」
何も覚えていなくても、此処にいてもいいのだろうか。この場所で、こんな私にも出来ることがあるだろうか。
不安だらけで……いや、寧ろ不安しか無い。
側に立つユリサに視線を向けた。ユリサは真っ直ぐに私を見つめている。その目の光は、私の行く路を白く照らし出しているかのようだ。何もわからないこの世界の中、ユリサの顔を見るだけで、騒めき立つ心が少し落ち着く。
私がフランであるという確証はない。ユリサ達の口から語られるフランの姿は、臆病で情けない今の私とはあまりにもかけ離れている。
だけど、ユリサやここにいるみんなが私を「フラン」だと信じてくれているのなら──私は、私の記憶を取り戻したい。みんなの役に立ちたい。
臆病な自分のままでは過去は逃げていくばかりで、きっと何も思い出せないままだ。
「……私、本当に何も覚えていなくて。此処に居てもきっと皆さんに迷惑をかけてしまうと思うけど……それでも、記憶を取り戻して、皆さんのお役に立ちたいんです……!戦い方も一切覚えていないけど、また一から勉強します!だから……私をヴァイスリッターに入れてもらえないでしょうか……!」
私はみんなに向かって深く頭を下げた。すぐにユリサが駆け寄ってきて、私の肩を両腕でやさしく包んだ。
「フラン、あなたはもうずっとヴァイスリッターの一員で、私たちのリーダーなんだよ……!強くなくていい、私たちのことを何も覚えてなくたって、フランはフランなんだから!」
耳元で響くユリサの一生懸命な言葉が嬉しくて。嬉しいのに、どうしてか胸の奥がきゅうっと締め付けられるように切なくなって。堰き止められていた水が溢れ出すように、温かい感情が込み上げてくる。
頬の上をなにかが伝い落ちていった。そっと指で触れると、指先を透明な雫が濡らした。
「あれ……なんで……」
なんで嬉しいのに涙が出るんだろう。
コア──人間が持つ感情に似せて造られたプログラム。コアが壊れでもしたのだろうか。嬉しいのに、涙がどんどん溢れてくる。
「それはね、嬉しいからだよ。涙は悲しい時にもこぼれるけれど、嬉しい時にもこぼれるの。思いが溢れて心の中が一杯になると、誰だって泣きたくなるのよ」
そっか……
たしかに今、私の心の中は、嬉しかったり優しかったり温かったりちょっと不安だったり愛おしかったり、色々な色の感情が混ざり合って溢れている。
大切に仕舞っておこう。この涙は、ユリサや此処にいるみんながくれた、想いの結晶なのだから。
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