12 : はじめまして、フラン
司令部のエントランスホールはふかふかとした踏み心地の赤絨毯が敷き詰められ、頭上では惑星を模した巨大なシャンデリアが煌めいている。
外観もそうだが、軍事施設と言うよりも宮殿と言った方が相応しい。
だが、その一方でエントランスを入って正面に見える受付や、吹き抜けの天井に螺旋を描くエスカレーターなどにはマザーボードの最先端テクノロジーが用いられている。
受付の女性型アンドロイド達は私たちの姿を認めると、物珍しそうに目を瞬かせ、ぎこちなく会釈した。それに対して、ユリサは口元だけで軽く微笑んでみせた。
ユリサの後に続き、エレベーターに乗り込む。十人は余裕で入れそうなくらいの広さで、上昇すると壁や天井に流星のような無数の白い光が走った。
このままどこまでも上昇して、再びドアが開いた時には宇宙を漂うどこか遠くの惑星へ辿り着いているのではないか。あり得ないことだとわかっているけれど、そんな想像でもしていないと、緊張に押し潰されてしまいそうだった。
エレベーターのドアが開き、辿り着いた場所は勿論別の惑星などではなかった。
グレーのカーペットが敷き詰められた廊下が左右に続いていて、壁には質素で可愛げのない扉が一定の間隔を空けて取り付けられている。その他には、花瓶に生けられた花やよくわからない抽象画が幾つか飾られているが、全体的に整然としていた。
エントランスホールは行き交うAI達の話し声でそれなりに騒がしかったが、ここは物音一つ聞こえない、私の微小な稼働音さえ騒音となってしまいそうなほどの静寂に包まれていた。
「ユリサ、これからどこへ行くの?」
周囲の静寂を出来る限り乱さないよう、意識せずとも声は小さくなった。
ユリサは私の緊張を解きほぐすように柔和に微笑みながら、落ち着いた口調で言った。
「ヴァイスリッター、あなたを待っている仲間たちの所よ」
「ヴァイス、リッター……?」
聞き馴染みのない言葉だ。脳内の検索機能を使って調べてみると、ヴァイスリッターとは、ヨーロッパに位置するある国の言語で「白騎士」を意味するらしい。
白騎士──ユリサの戦う姿が自然と頭の中に浮かび上がってくる。白銀の装甲を身に纏ったユリサは神々しいほど強くて美しくて、「ヴァイスリッター」の名がよく似合う。
「私も、その『ヴァイスリッター』のメンバーだったの?」
「そう、あなたはリーダーだったのよ」
ユリサは頷いて、可笑しそうに切れ長の目を細めた。
「リーダー!?私が!?」
信じられないような話だ。記憶を失う前の私と今の私とでは、到底埋められそうもないほどの大きな差がある。その時、胸の片隅にあった残滓が影を伸ばし始め、ある疑いが私の心の中に生じた。
ユリサが親友と言っている「フラン」、ヴァイスリッターという組織のリーダーを務めていた「フラン」、彼女は本当に私なのだろうか。
この世界のどこかに、私によく似た外見のアンドロイドがいるのかもしれない。
私は他のAI達より秀でているものなんて何一つ持っていなくて、記憶も無く、家族もいない。
そんな私がヴァイスリッター……?何かの間違いではないのか。
ユリサはそんなこと疑いもしないような様子で、可笑しそうに頷いた。
「そうよ。昔のあなたはね、誰よりも強くて勇敢で、ちょっと不器用なところはあるけどとても優しかった。私はずっと、あなたみたいになりたいと思っていた。勿論、今もずっと」
誰よりも強くて勇敢……今の私とは正反対ではないか。今の私は誰よりも臆病で、今だって逃げ出したい衝動を必死で抑え込んでいる。
なんだか、ユリサに申し訳なくなってくる。
今あなたの目の前に立つ私は、あなたの親友の「フラン」ではない。そうだとしか考えられない。だって、あまりにも違い過ぎるんだもの──
……言わなきゃ。
私はあなたの親友ではないと。
私は、私は──
「行きましょう、フラン。きっと、みんな待ちくたびれてるわ」
ユリサは私の手を引いて歩く。繋いだ指先から伝わる体温は優しくて、どこか懐かしくて、どうしても振り解くことが出来なかった。
私が昔あなたと一緒にいた「フラン」でなかったとしても、私もあなたの親友──それが駄目なら、せめて友達になりたいと心から思う。
だけど私のこの願いは、あなたを欺いてしまうことになるのかな。
ユリサは私の手を引いて、無機質な廊下を真っ直ぐに進んでいく。
「ユリサ!あ、あのね、言いたいことが……!」
私はあなたの親友の「フラン」ではないと言わなければ。話が進むほど、一緒に過ごす時間が長くなるほど、後に引きづらくなってしまう。ユリサの傷口は深くなってしまうだろう。
「フラン、ごめん。みんな結構待たせてるから。話はまた後で聞くわ」
「ちょっ、ユリサ……!」
どのタイミングでどのような言葉を切り出そうかと私が悩み、もたついているうちに、とうとう
初めて訪れる者を威圧するかのような、重厚感のある扉。
ユリサは数回扉をノックすると、緊張に打ち震える私のことなどお構いなしといった様子で中に向かって呼び掛けた。
「ユリサです。到着が遅くなり申し訳ございません」
「入りなさい」
部屋の中から低い声が返ってきた。
「失礼します」
ドアに取り付けられた小型のタッチパネルにユリサが暗証番号を入力すると、重厚感のある扉は存外あっさりと開いた。
室内は異様なほどの静寂に満たされていて、張り詰めた空気が漂っていた。
テーブルを囲むようにして並べられた丸いソファに、計4体のアンドロイドが腰掛けている。
部屋の奥の背凭れ付きのソファに腰掛けている者がもう一体いたが、向こうを向いているので顔はわからない。
4体のアンドロイドの視線が一気に私に集中する。中には泣き出さんばかりに目を潤ませている者もいた。(アンドロイドは極力人間に近付けられるように造られている為、中には感情──即ちコアに連動して、涙を流す機能を備えた者もいる。因みに、私も涙を流すことが出来る。)
「到着が遅れて申し訳ありません。フランを連れて参りました。事前に連絡差し上げた通り、今のフランは……以前の記憶を失っています」
ユリサはそう言うと俯いて、悔しそうに唇を噛み締めるような仕草をした。
私を見つめる皆の表情がみるみるうちに悲しげに曇っていく。
なんだか居た堪れない気持ちになって、私は口を開きかけた。「もしかすると、私はあなた達が知っているフランではなく、外見のよく似た別のアンドロイドかもしれないのです」と言おうとした。
その時、奥のソファに腰掛けていたアンドロイドが徐にこちらを向いて立ち上がった。
細身の青年型アンドロイドで、さらさらとした黒髪の短髪、均整の取れた綺麗な顔立ちをしていた。青みがかった黒い瞳からはどこか悲しげで冷めた印象を受ける。
そのアンドロイドは薄い唇に微笑を浮かべ、耳障りの良い落ち着いた低い声で言った。
「はじめまして、フラン」
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