ヴァイスリッター再入隊
11 : あなたは私が守る
アンドロイドとは、人間に似せて造られたロボットのことを指す。それに対してサイボーグとは、特殊な環境や強い衝撃に耐えられるよう、人工臓器で身体の一部を改造した人間──改造人間のことを指す。
工場にいた頃、こんな話を聞いたことがある。人間の暮らす世界では人体改造は違法行為として禁止されており、サイボーグはあってはならない存在、即ち禁忌とされているのだと。
しかし、人間とAIとの間で戦争が始まってから、AIに対抗する戦力を補う為、国家の裏側で秘密裏にサイボーグの製造が行われている──
サイボーグというからには、元は人間だったということだ。いや、今だって半分は人間なのだとユリサは言っていた。ユリサは人間なのだ!
人間であるユリサがどうしてマザーボードにいて、軍隊に属しAI達の暮らしを守っているのか。
ユリサがどういう経緯でサイボーグとなったのか、以前の私は知っていたのだろうか。
ユリサはなんでもないような顔をして、今も私の少し先を歩いている。
ウイルスと呼ばれる存在の出現によって、つい先程まで警報が鳴り響き、不穏な空気が充満していたこの街も、ユリサの奮闘のお陰で今や何事もなかったように日常の動きを取り戻している。
「あの……ユリサ」
「どうしたの?」
ユリサがこちらを振り返る。
「えっと、その……ユリサがサイボーグって……それに、さっきのウイルスって一体……」
聞きたいことは山ほどある。私の理解が追いつきそうもないくらいに。
ユリサは表情一つ変えず、淡々と答えた。
「それは中でゆっくり説明するわ。ほら、もう着いたわよ」
そう言われて顔を上げると、少し先に大掛かりな機械式の門が見えた。上部には天使や女神などの彫刻が施され、メカニズムと人間の世界の西洋建築が入り混じったような、なんとも不思議な造りをしている。
門から左右にかけて高い塀がどこまでも続いていて、来る者を寄せ付けない、物々しい雰囲気を放っている。塀の上には、触れていなくとも手を伸ばすだけで感電してしまいそうな、刺々しい鉄条網が張り巡らされていた。
すぐ近くには商業ビルや商店、工場などが立ち並ぶ通りがあるにも関わらず、なぜかこの辺り一体だけが別世界のように孤立しているかのような空気を纏っている。
門の前には軍服を身に纏ったアンドロイドが二体立っていて、互いに言葉を交わすでもなく、正面を向いて退屈そうな目をしていた。
私たちが門へ近付いていくと、二名のアンドロイドは途端に顔つきを険しくして鋭い眼差しでこちらを見た。
ユリサは彼らなど目に入っていない様子で、門の前で立ち止まると、私の方を振り返って淡々とした語り口調で言った。
「ここが私たちの家であり職場でもある、ノースリッジ軍事基地。マザーボード唯一の軍事施設よ」
私は辺りの空気に圧倒されてしまい、立ち止まって呆然と門を見上げていることしか出来なかった。
私、今日からここで生活するの?ユリサは、マザーボードに来れば私は戦うことになると言っていた。決してその言葉を軽んじていたわけではないけれど、この施設の前に立った途端、「記憶を失ったお前に戦う資格があるのか」と問われたような気がして、足がすくんだ。
ついさきほどまで感じていたはずの胸の高鳴りは、いつの間にか不安に飲み込まれてしまっていた。
軍服を着た二名のアンドロイドがユリサに向かって敬礼すると、門が鈍い金属音を立てながらゆっくりと開いた。
「さ、行きましょ」
ユリサはこちらを振り返って一言そう言うと、視線を戻して門の中へと歩き出した。
私は慌ててユリサの後を追った。背後でバタン……と、門が閉じられる鈍い音が聞こえ、もう二度と外へ出ることは叶わないのではないかと不安を掻き立てられた。
基地の中は驚くほど広く、大きな建物や鉄塔など点在している。まるで軍事基地が一つの街であるかのようだ。
私はユリサの後に続いて歩きながら、慌ただしく首を左右に動かして周囲を見回した。基地の中は、此処に来る前まで想像していたものとかなり違っていた。
軍事基地と言うと、兵器や戦車が沢山並んでいて、戦場に必要なもの以外には何も無い、ひどく殺風景な所を想像していた。
だけど、知らないで訪れると此処が軍事基地だとわからないくらい緑が豊かで、自然公園と見間違えてしまいそうだ。前方では大きな噴水が水飛沫を上げて虹を作っている。
その向こうには、中世ヨーロッパの城のような形をしていながら外壁などには最先端テクノロジーが用いられている、不思議な建物があった。
その更に向こうには、ガラス張りの高層ビルや一際高い電波塔、飛行場などが見え、その奥には山が見えるが……あれは本物なのだろうか?それともCGで具現化したものだろうか。
「目の前にお城みたいな建物があるでしょう?あそこが司令部。お偉いさん方が普段お仕事をしている所。お客様が来られた時も司令部で対応することが多いわ」
ユリサは視線を移し替え、司令部と呼ばれる建物の奥に位置するビル状の建物を指差した。ビル状の建物はいくつか見えるが、その中でも一際大きい、ガラス張りの高層ビルだ。
「あれが訓練場。射撃場だったりジムだったりプールだったり、訓練に必要そうな施設は大体揃っていると思うわ。そして、その側にあるのが女性寮。反対側にあるのが男性寮ね」
訓練場を挟んで女性寮と男性寮が位置している。どちらも外観は同じような造りで、やはり何処か中世ヨーロッパの美しい邸宅を思わせる。AIと人間は敵対しているとは言え、AIが人間から学ぶべき技術は多くあり、反対に人間もまたAIの能力に頼らざるを得ない部分が多くある。
「他の建物は、武器やロイドギア──私たちの戦闘服ね──ロイドギアを作る所だったり、軍用機の整備場だったり、色々ね。私もここに来てから長いけど、何処で何をしているのか、全部は把握出来ていないくらい」
「そうなんだ……なんだか凄いね……」
記憶を失くす前の私はここで生活し、軍人として戦っていたんだ。辺りを見回してみても、何かを思い出しそうな兆候は一切感じられない。
それどころか、自分がひどく場違いな所に来てしまったような気さえする。同時に、戦うことが怖くて──
さっき街で見たウイルスはとても恐ろしかった。正確に言えば、ウイルスではなく「ウイルスに感染し暴走したアンドロイド」なのだけど……
ユリサは凄い。一人で立ち向かっていって、簡単に事態を収束させてしまったのだから。
ユリサは強くて格好良くて、凄く憧れるけど、私がユリサみたいに戦っている姿なんて想像も出来ない。
「フラン?どうしたの?」
ユリサが不思議そうな表情を浮かべながら、こちらを振り返る。
「いや……ちょっと圧倒されちゃって……記憶を失くす前の私はここで生活していて、ユリサみたいに戦っていたんだなって思うと、なんだか信じられなくて……」
情けないことだってわかっている。覚悟を決めてユリサについて来たはずなのに、実際にこの場所に立ってみると、足がすくんで手が震えているんだ。
戦うことが怖いから、それも勿論ある。だけどそれ以上に恐ろしいのは、記憶を失くす以前の、別人のような自分の存在。ここで生活し、以前の生活を思い出すことによって、私が私でなくなってしまうような、そんな気がした。
震える手に、白い花弁のような掌がそっと重ねられる。
「大丈夫。私はもうあなたを危険な目に遭わせたりはしない。と言っても、昔のあなたは自分から危険な所に飛び込んで行ったんだけどね。あなたは私が守る。だから絶対に大丈夫」
私を見つめるユリサの眼差しは真剣で、その言葉は力強かった。ユリサに手を握ってもらっているからか、震えはいつの間にか収まっていて、繋いだ手を介して優しい体温が伝わってくるみたいだ。
「うん、ありがとう。ユリサがいてくれるだけで、すっごく心強い。本当にありがとう」
「どういたしまして。さあ、あまり時間も無いしそろそろ行きましょ」
臆病な私はユリサに手を引かれ、司令部の荘厳なエントランスを潜った。
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