10 : アンドロイドは血を流さない
突如として、思わず耳を塞ぎたくなるような轟音が鳴り響き、爆風で視界が塞がれた。
それはあまりに突然の出来事で、何が起きたのか状況を飲み込めない。
「きゃああああっ!ウイルス!!あっちにウイルスが出たって!!」
ウイルス──?
やっとのことで目を開けると、周囲は逃げ惑うAI達でごった返し、あちこちから聞こえる悲鳴や怒号で頭の中が掻き乱された。
ぶつかられて危うく転びそうになった所を、ユリサが手を掴んで助け起こしてくれた。
「ユリサ……!一体何が……!?」
「フラン、こっちへ来て!」
ユリサは私の手を掴み、雑踏の中を掻き分けて側にある商業ビルの中まで引っ張って行った。
「フラン、私が戻って来るまでここにいて!絶対に外に出ないで!」
ユリサの声は鬼気迫り、瞳は鋭い光を宿していた。
「で、でもっ、ユリサは!?外は危ないんでしょ!?ユリサはどこへ行くの!?」
その時、地響きのような音がして、次の瞬間、ビルの窓ガラスが粉々になって頭上に降り注いだ。
ユリサは私の手を引き、転がるように外へ飛び出した。
「……ごめんなさい、中も安全じゃなかった。私から離れないで!」
「ちょ、ちょっとユリサ!」
耳をつん裂くような音、建物が叩き壊されるような──さっきまでここの通りは一方向へ向かって逃げるAI達でいっぱいだったのに、どうしてか、今は閑散としている。みんな既に何処かへ逃げたのだろうか。
「緊急事態です。緊急事態です。ノースリッジ中央304番街にて、ウイルスが出現。直ちに建物の中へ避難し、安全を確保してください。繰り返します──」
不穏なサイレンの音と共に繰り返される緊急事態アナウンスが返って不安を掻き立てる。
ユリサに手を引かれて走りながら、恐る恐る背後を振り返ると、ビルの外壁がばらばらと崩れ落ちていくのが見えた。
吹き荒ぶ塵埃の中から、一体のアンドロイドがぬらりと姿を現した。
もしかして、逃げ遅れたのだろうか──
そう思った次の瞬間、そのアンドロイドの目が大きく見開かれた。
その目は血のように真っ赤で、手には鉄パイプのようなものが握られている。ギョロリと飛び出した目玉から赤黒い液体が流れ、頬を伝っていった。
そしてそいつは物凄い勢いで、私たちの方へと向かって突進して来たんだ。
やられる──!
私は咄嗟に目を瞑った。繋いだ右手に力を込めたはずなのに、ユリサの手はするりと解けていった。
ユリサは地面を蹴り、風を切るようにして赤眼のアンドロイドの方へ向かって行く。砂塵がユリサの姿を飲み込み、凄まじい衝撃に私は数メートル先まで吹き飛ばされた。
「ユリサ……っ!」
その時、上空からふわりと何かが落ちてきた。よく見ると、それはユリサが身に付けていた、軍の徽章が縫い付けられた白いジャケットだった。
ユリサは高く跳躍した。青空に長い黒髪が舞い、その姿はまるで一羽の黒蝶が羽を広げたかのようだった。
肩部や前腕、腰回りなどは白銀色に艶光りする複合装甲に覆われていて、より重装備に、形状を変えながら彼女の華奢な体躯を包み込んでいく。
背部からは装甲材質の白翼が左右に向かって徐々に伸び、上空で羽を広げた。
その姿は黒蝶などではない─もっと神聖な─それは正しく、マザーボードに舞い降りた守護天使そのものである。
ユリサは地上にいる赤眼のアンドロイド目掛け、目にも止まらぬ速さで向かっていった。
そして、赤眼のアンドロイドが鉄パイプを振り翳すよりも先に、ユリサは彼の溝落ちを一突きし、気絶させると崩れ落ちるその身体を自身の両腕で受け止めた。
「……ユ、ユリサ!!」
彼女の元へ駆け寄ろうと立ち上がったその時、その場に留まっていたAI達からユリサを讃える拍手が起こった。
「いやぁ、凄いな!助かった!」
「本当にありがとう!」
「君、ヴァイスリッターだろう!いやぁ、一時はどうなるかと思ったが、運が良かったなぁ!」
ユリサは呼吸を整えながら、自身を称賛する声に向かって小さく微笑んだ。
その後数分と経たないうちに、甲高いサイレンの音と共に数台のサテライトフルークがやって来て、その中から武装したアンドロイド達がぞろぞろと降りてきた。
彼らは「サイバー・セキュリティ・オーガニゼーション」通称「SSO」と呼ばれる組織であり、マザーボードの安全は彼らによって守られていると言ってもいい。人間の世界で言う所の警察に近いだろう。
ウイルスに感染したアンドロイドは、気を失った状態で彼らに引き取られた。
周囲に漂っていた物々しい空気が徐々に緩和されていき、次第にAI達の姿が戻り始めた。
「フラン、怪我はなかった?」
ユリサは白いブラウスに紺色のスカート、ニーハイブーツという格好に戻っていて、背部の翼は既に小さく畳まれていた。
「私は大丈夫……ユリサは──って、ユリサ!怪我してる!」
ユリサの太腿に目をやると、それほど大きくはないが直線状の傷がぱっくりと割れていて、そこから赤い血が流れ出ていた。
「これくらい平気だよ。ガラスの破片が刺さって切れちゃったみたい」
「でもっ、血が出てる!」
その言葉を口にしてから、違和感に気が付く。
……血?
アンドロイドは血を流さない。
「ユリサ……もしかして、あなたは……」
ユリサは目を伏せ、口元に小さく微笑を浮かべた。
「今のフランには言ってなかったわね。そう、私はアンドロイドではない。半分は人間で、もう半分は機械──所謂サイボーグというやつね」
ユリサがサイボーグ……?半分、人間……?
ここへ来てから……いや、ユリサが私の前に現れてから、信じられないようなことばかり立て続けに起きる。
精巧に造られたアンドロイドと人間は、外見だけでは殆ど見分けがつかない。
だけど、白い腿を伝う鮮やかな血の色が、ユリサが人であるということを明瞭に語っていた。
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