釣り上げられた人間

@namori-ko

「釣り上げられた人間」

水面を独りでに漂う釣りウキは、悪びれる様子もなく、ただ浮いている。

ウキと昼過ぎから睨めっこをしているが、そろそろ我慢の限界だ。

釣り竿を持つ両腕は痺れ、もはや、どちらが釣られているかわからんほどだ。


エサだ、エサが欲しい、そろそろ昼飯を食らおう。

重い腰を上げ、撤収しようと糸を巻き上げていると「兄さん、調子はどうだい?釣れているかい?」と、男に声を掛けられた。

男は黒い帽子を深々と被り、髭をたんと蓄えたその姿から、山賊とホームレスの合いの子のように見えた。


「いやー、全然釣れないですよ、今ちょうど引き上げようとしてまして……」

「そうなんか……そりゃあ残念だ。」

「お爺さんは、この釣り場によく来るんですか?」

「いいや、昨日の夜はじめて来たんだ」

「こんな湖で夜釣りですか?」

「いいや、長年飼ってた魚を捨てに来たんだ」

「ブラックバスか、なんかですか?」

「ああ……そんなとこだ。」

「おっと、お爺さん!来ました、来ましたよ当たりが!」


ウキがふっと、気まずさを隠すように水中に顔を埋めた。

糸をカラカラと巻き上げるほどに不安が頭をよぎる。

つぎの瞬間、勢いよくロケットのように打ち上がった釣り針には、泥だらけの赤いヒールがぶら下がっていた。


「なんだヒールか、お爺さん、ハズレですよ……」

「いいや、当たりだ……今日も釣れたよ。」


男は満面の笑みを浮かべて、白目を覆いつくすほど瞳孔を広げ、ただ僕をじっと見つめづづけた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

釣り上げられた人間 @namori-ko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ