十年間片思いをしていた俺、医者によると恋を成就させなければ肩が重くなりすぎて一年後に死ぬようです。
角刈り貴族
第1話 俺は柊千夏が好きだ
俺は柊千夏が好きだ。 理由は幾らでも浮かぶが言葉にするのはナンセンスだ、魂レベルで彼女のことが好きだ。
しかし、こんな地味でフツメンな俺が彼女と釣り合う訳がないッ! そう思いながら俺は柊を好きな感情に十年間蓋をして悶々とした日々を過ごしていた。
もし、彼女を好きな気持ちを消すことが出きたらどんなに幸せだろうか。 だって、こんな惨めな気持ちをこれからもずっと抱えて生きていくなんて悲惨すぎる人生じゃないか。
きっと彼女には彼氏が当然の様に出来て、更には夫や、子供まで生まれて俺の脳内はどんどん破壊されていくのだろう。
だから、今日で彼女への愛情を消して見せるッ!
俺は必死に貯めたバイト代を握りしめ、夜の街に居た。
「これで誰でもいいから女の人とペケペケすれば、きっと彼女への気持ちも消えるはず!」
自分が好きでもない人間に童貞を奪われるんだ。 そうすれば、自分なんかが彼女を好きになる資格が無いという現実を直視できるはず。
それに、女の味とやらを知ればそんな純粋な気持ちは消えるはずだ。
「…フゥー、これで良いんだ」
結局、チキンで人見知りな俺には夜の店に入り込むという勇気が出ることは無かった。
「クソォ、どうしてだよぉ!」
分かっている、一言声を出したら向こう側に行けるんだ。 なのにッ、その一言が絞り出せない。
俺の頬に涙が伝った、それは決っして夜の店に入れないだけの涙ではない。
俺が十六年過ごしてきた、この斎藤弘樹の悲惨すぎる十六年間を思い出しての涙だった。
六歳の時に彼女への愛を自覚し、告白しようとするも何故かそのタイミングで邪魔が入り思いを告げることが出来なかった。
「君のことが──「ブオオオォぉっぉン!!」」
「何て言ったの?」
ある時はバイクの排気音に遮られて。
「君のことが「ドォォォン!」」
「何て言ったの?」
またある時は偶然近くでやっていた花火の音に遮られて。
そして、そんなことを繰り返すうちに自分の容姿について客観的に考えられる年齢になり。
俺は気づいた、幼馴染である柊千夏には釣り合わないと。 そうして、当然の流れで俺は彼女への好意を隠すようになった。
だが、それでも魂に秘められた彼女への愛情は収まることは無かった。
(いい匂いがする、好きッ!)
ある時は彼女が近くを通った時に匂った香水にトキめく。
(味噌汁を創るのが上手い、好きッ!)
またある時は家庭科の授業で作った彼女の味噌汁が美味しすぎて愛情を感じる。
(柊千夏が生きてる、好きッ!)
またある時は同じ場所に彼女が居るという事実だけでトキめいてしまった。
俺は、決して彼女への愛情を一時も忘れることは無かった。
決して叶うはずがないのに。
俺は止まらなくなった涙を拭うことも諦めて上を向く。
「アイツずっと泣いてるじゃん!」
「ヤバくね! 写真とっとこ!」
周りに注目されていることも気にならないほど、心の中を悲しみが這いずり回った。
「…肩も痛いし、病院に寄ってから帰ろう」
俺は心身ともに疲れ切りながら、必死に体を動かして病院に向かった。
「肩が異常に重くて、最近では痛みを発するぐらいに────」
医者は俺の話を詳しく聞いた後、数枚の紙を眺めて言った。
「私は貴方と同じ病名の人を何人も見てきました。 肩が重くて激痛が奔る、そんな人を」
「そ、そうなんですか?」
どうやら、俺と同じ様な病を発症した人間は他にもいる様だ。
「ええ、それが治らずに肩が重くなりすぎて死に至る人間も」
え、死ぬ?
「え、肩が重すぎて死ぬ!?」
「ええ、あまりの肩の重さに体が耐え切れなくなり死に至ります」
肩の重さに体が耐え切れなくなり死ぬ!?
「ど、どうすればこの病気は治るんですか?」
医者は暫くの沈黙の後、ゆっくりと口を開けて言った。
「あなた、片思いをしている人がいますよね。 それも重すぎるぐらいの愛情で」
「そ、そうですが何故分かったんですか?」
何で俺が恋をしていることが分かったんだ?
「…その人との恋を成就させなさい。 そうしなければ、貴方は一年以内に死ぬでしょう」
…俺が一年以内に死ぬ! 何かの冗談じゃないのか!?
「昨日まで普通に生きてきたんですよ!」
「そんなの知りません。 死ぬんです」
「そんな、唐突すぎますよ!」
俺は自分の体がそこまでの危険に晒されていたことに驚き、絶望した。
「そんな、もう死ぬしかないなんて」
「話聞いてたかな、恋を成就させれば治るんだよ」
「そんなの無理です。 こんな地味男に恋を成就させる力なんかありません!」
そんなの無理に決まっている! 相手はクラスのマドンナだぞ、月である彼女に比べたら俺なんかスッポン、多分それ以下だ。
「諦めるな馬鹿者! 若者が恋をしないでどうするんだッ!」
「先生?」
俺は突如豹変した目の前の先生を呆然とした顔で見つめる。
「先生だってな、昔ある女の子に恋をしていた時期があったんだ。 だが、変なプライドがあってその気持ちを伝えることが出来なかった」
「…そして当然の様に彼女は彼氏を作り、その二人は夫婦になって子供を授かった」
「…先生」
「先生は、彼女に告白しなかったことを一生後悔しているんだ! 今も童貞を捨ててない程に!」
まさか、四十代を越えてそうな先生がそんな下らない理由で童貞だったなんて!?
「君はまだ早い! 後悔する前に彼女に気持ちをぶつけるんだッ!」
「で、ですが僕みたいな──「なら自分を磨いて、誰から見てもイケてるような男子になれッ!」」
「!?」
僕みたいな男子が、誰から見てもイケてる男子に?
「僕みたいな男子でもイケイケになれるでしょうか?」
「大丈夫、君はイケイケ男子になれるッ!」
あれ、視界がぼやけて見えないや。 何故か涙が目からあふれて止まらない。
「…さっき泣いたばっかなのに」
「泣きたいときは存分に泣けッ! そして強くなれッ!」
僕はこの時決意した、必ずイケイケ男子になって柊千夏にこの想いをぶつけると!
十年間片思いをしていた俺、医者によると恋を成就させなければ肩が重くなりすぎて一年後に死ぬようです。 角刈り貴族 @KakugariKizoku
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