私を魅力的に映すのは―②
「ほんとに何してんの……?」
そして再び放課後。今日の報告と次回の作戦立案を兼ねた会議でも相沢さんに同じことを言われた。
報告も兼ねているのは、SHRギリギリに登校してくる相沢さんには作戦の実行を見届けることが出来ないためである。
「まあでも、反応はあったし成功っちゃ成功なのかな?」
「私にとっては大失敗だったよ」
うん、及第点。と頷く相沢さんに返す私の声には疲れが滲んでいる。数人には目撃されてしまったけど、まだ人の少ない時間でよかった。次回からもなるべく朝早い時間に実行することにしよう。
「それで、次は何をしたらいい?」
これ以上恥を掘り返されては堪らない、と話をすり替える。
「そうだね。前回一緒にやらせちゃうとキャパオーバーしちゃうかなって遠慮したんだけど、やっぱココは定番だしさ」
そして、すり替えたところで変化を求める以上、挑戦しなければならないことには変わらない。内心どこか楽しそうな様子を見せる相沢さんから次の作戦が言い渡された。
「人見さん、スカート折ろっか?」
来たか。自分の顔が強張るのを感じる。
人に丸投げするのも悪い、と自分でもいろいろ調べてはみたが、相沢さんが定番と言うとおり、この策は手軽にアピール出来る定石であるらしい。
「一応、今日もやってはみたんだけど」
「膝の真ん中かちょうど上くらいかみたいな間違い探しレベルじゃやった内には入りません」
そんな無体な……。
「ほら立って。ごそごそ〜っとね〜」
「まって、もうちょっと、もうちょっとだけ……」
私のスカートを折り短くしていく相沢さん。裾を引っ張って伸ばそうとする私。
「え〜……しょうがないなぁ。こんくらい?」
「もうちょっと……」
「……こう?」
「もうちょっと」
「膝上まで戻ってきちゃったじゃん! はいここ! ここが最低ラインね!」
「短い……見えてない? 大丈夫?」
「これで見えるなら私は何だ。ワカメちゃんか」
あまりの心許なさにソワソワと絶え間なく身じろぎする私に相沢さんのツッコミが刺さる。むしろ相沢さんはなぜそれで見えないのか。
きっと、見せないための振る舞いが身についているのだろう。今日みたいに滑って転んでどたばた動く、なんてことが無いよう、私も気をつけなければ。
「明日はずっとそれでいろ、とは言わないから、一回はその状態でニノマエに話しかけること。いい?」
相沢さんにそう言いつけられ、羞恥のあまり涙が滲み始めた目で自分のスカートを見つめる。
相沢さん自身は膝上二十センチを目安にしていると言っていた。私のはそれより少し長めのところで許してもらえたから、十五センチくらいだろうか。
この長さを覚え、明日は自分でスカートを折り、この長さで九十九くんに話しかけなければいけない。そう思うと今から憂鬱な気分になってきた。
「ついでに、明日はもう一チャレンジしてみよっか」
「もう割といっぱいいっぱいなんだけど……」
スカートを戻しながら控えめな抗議を飛ばしてみる。しかし笑顔で受け流された。相沢さんは容赦してくれる気は無いようだ。
「ステップそのさん! ラッキースケベで急接近しよう!」
さっ、と思わず戻したばかりのスカートを抑えながら、先程より強い抗議を飛ばす。より正確には、睨んでしまった。普段の私であればまずすることのない行動。つまりはそれほどの忌避感。圧倒的拒否。
だというのに私のそれはあまりにも弱く、顔の前でぱたぱたと横に振る相沢さんの手の、軽やかな動作に押し流された。
「ごめんごめん。言い方悪かったねー。別に下着見せてこいとかそーゆーんじゃないから。人見さん、どのくらいまでのスキンシップなら自分から出来る?」
そう聞かれて、やや警戒を緩めながら思案する。気持ちを自覚するまでのかつての私。自覚してからの挙動不審な私。そして修学旅行を乗り越えた今の私。
これらを鑑みるに……。
「小指を繋ぐくらいなら……」
「春頃は教室で思いっきり手ぇ握ってたってのに……まぁいいや」
うぅ、と小さく漏れた呻きは聞こえなかったのか、聞き流されたのか。こちらの全ての反応を意に介さず、相沢さんは得意気に続ける。
「ようするにね、自分からの接触が難しいなら、向こうから自然にしてくれるよう仕向けましょう、って話よ。ほら、ドラマとかでよく見るでしょ? 転びそうになった所を抱きとめられて、急な接近にドキッ……! みたいなやつ。あれあれ」
なるほど。それならなんとか、とようやく警戒を解いてスカートの裾から手を離す。
ただ、九十九くんの優しさを利用して騙すようなことをするのは……というか。
「多分本気で心配かけちゃうだけで、あまりドキドキはしてくれないと思うけど」
「ありがとー、ですぐ終わりにしちゃえばね。そこまではあくまで口実だから。その後怖かったとか言いながらくっつき続けたり甘えたりすりゃいいの」
結局そこは自分が勇気を出さなければならないらしい。いや、そもそもは私が決めたことだ。いつだって最初から、最後に頑張らなければいけないのは私自身なのだ。うん。頑張ろう。
「でも今日は受け止めて貰えなかったよ」
「萌え袖に滑って机に激突する女に反応出来るのはもう予知能力者くらいなもんでしょ」
ぐうの音も出ない。
−−−
翌日、早朝。
誰にも見られたくないが故に、九十九くんがいつも登校してくるSHRの三十分前の、そのまた十分前には女子トイレにてスタンバイを終えた。
相沢さんに指定された通りの丈。少し洗面台から離れれば、それでもいつもはスカートに遮られて見えないはずの腿が鏡に映る。
恥ずかしい。いかにも恥ずかしがってます、と言わんばかりに強張った表情やぎこちない佇まいがそのまま目に入って、尚の事恥ずかしい。
見ていられない、とばかりに飛び出そうとして扉の前で一度停止。廊下に出れば誰かの目に触れる可能性がある。ゆっくり、小さく隙間を作ってからそこを覗き込み、誰もいないことを確認してからそろりと抜け出し、不審者さながらの様子で教室に向かった。
早朝作戦が功を奏したようで、自席につくまでに人目につくことはなかった。吹奏楽部の楽器音や野球部の掛け声などは遠くで響いているが、一般の生徒が登校してくるのはまだ先だろう。
それにしても落ち着かない。普段露出しない箇所が外気に晒され、椅子に直に触れる。その冷たさが一層心許ない気持ちを煽り、ついもぞもぞと、内腿をすり合わせてしまう。
傍から見たらお手洗いに行くのを我慢しているように映るのではないか、とはっとして背筋を伸ばし姿勢を正す。しかし数秒も持たずまた身じろぎしてしまう。
これでもし最初に教室に入ってくるのが九十九くんでなければ。それが女子であればまだいいが、もし彼以外の男子なら。
急に浮遊感にも似た恐怖が身体の芯に走る。九十九くん、早く来て。いや、やっぱりまだ来ないで。
ガラリ、と教室後方のドアが開く音がしたのは、そんな葛藤の最中だった。
驚いて飛び上がった私が机をガタガタと鳴らしたのに驚いたのか。ゆっくり振り返り姿を確認すれば、教室に一歩入った所で立ち止まり、訝しげな表情を湛えた九十九くんがそこにいた。
「早いな」
「う、うん」
「どうかしたのか」
いつもは自席に直行する九十九くんが真っ直ぐこちらに歩いて来る。タイミングはこちらで図ろうと思っていたのに、これではすぐに立ち上がらなければいけない。
もうこのまま座って対応してしまおうか、と脳裏を過ぎった弱音を振り払うように立ち上がり、九十九くんに向き合う。
瞬間。九十九くんの目が私の脚を捉えた。
思わず目を伏せスカートを抑えてしまう。そして先程の鏡に映る自分の姿がフラッシュバックする。
恥ずかしがる姿は余計に恥ずかしい。それが九十九くんの目に映っていると思うと余計に。せめて堂々としなくては。そうは思うのに、手が、スカートから離れてくれない。
どれだけ勇気を振り絞っても今更堂々とは出来なくて、恐る恐る様子を伺うように顔を上げれば。
昨日同様、心配と呆れの混ざった九十九くんの視線とぶつかった。
「……無理するな」
「はい」
私はトイレに駆け込んだ。
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