私を魅力的に映すのは―③
「はぁ!? なにそれ!?」
翌週月曜日の昼休み、相沢さんはぷりぷりと怒っていた。
月、火、金はバイトがあるので放課後会議が出来ない、というのにかこつけて、休日用のアプローチも考えてきたのにと頬を膨らませる相沢さんから精神の休養日をもぎ取った。
のは、いいのだけれど。水、木の二日では足りないし、あまり間を空けると効果が薄れると言われ、今週から平日バイトの日はお昼休みに会議を行うことに。
そして、昼は誰も使わないからと連れ込まれた演劇部の部室で報告を行ったところ。
「頑張って変わろうとしてる女の子に一番言っちゃダメなことでしょうが! ニノマエあいつ!」
この様子である。
「実際無理はしてたし、それが伝わる態度を私が取っちゃったから」
「にしてもデリカシーなさすぎ! 人見さんマジであいつの何がいいの!?」
あれでも彼なりの配慮で、私は嬉しかったのだけど。怒髪天を衝く勢いで憤慨する相沢さんに、どう言えば伝わるだろうか。九十九くんの優しさ。私の気持ちを正しく汲んでくれているから、私にはそれが合っているということ。
考え込み始めたところだったため、畳み掛けられた質問を聞き流しかけた。
「そんで、ラッキースケベ作戦の方はどうたったの」
「……えっ、ああ、うん。相沢さんのアドバイス通り、階段で振り返りながら脚を踏み外すやつをやろうとして」
「うんうん。やっぱ元々危ない場所だと予め警戒出来るもんね」
「それで、九十九くん、って呼びかけながら振り返ろうとしたら」
「どうなったどうなった!?」
「九十度横向くより早く頭を押さえられて、無理やり前向かされて、『危ない』って」
「……何でそういうとこだけ反応がいいんだよと言えばいいのか、気に掛けてもらえてて良かったじゃんと言えばいいのか」
相沢さんの怒りが引っ込んで期待になったかと思うと、結末を聞いて酷く複雑な顔になった。私も同じ顔したな、と挑戦した時を思い出す。
「でもこうなったら、もう遠慮なんかしてらんないっしょ……! 人見さん! 明日は一分以上ハグ! ほっぺにキス! 膝の上に座る! のうちどれか一個は挑戦すること!」
「えっ」
「あと、メイクしてくれる子の準備整ったらしいから明後日早朝にチャレンジね! でも明日失敗したらお預けだから!」
「えっ」
「さあ! あのスカシコミュ障を見返してきなさい!」
もはや抗議する隙すら与えず、言いたいことを言い切った相沢さんはお弁当を掻き込むように平らげ、大きな音を立てて部室を後にした。
−−−
どうしよう、えらいことになった、と慌てふためいていたのは昨日の話。次の日になって学校へと向かう私の足取りは、スカートの時よりもずっと軽かった。
勝ち誇っていると言ってもいい。相沢さん。あなたはミスを犯したのだ。
一分以上ハグ。これは無理だ。せいぜい数秒で九十九くんを突き放し、私は逃げ出してしまうだろう。
ほっぺにキス。これも無理だ。九十九くんの顔に私の顔を近づければ、恥ずかしさのあまり頭突きを繰り出してしまうかもしれない。
しかし、膝の上に座る。相沢さんはここでミスをした。そう、時間を制限しなかったのである。
ただ座るだけだ。ここも一分以上、と言われていれば辛かっただろうけど、数秒で逃げ出そうがなんだろうが、一度座りさえすれば良い。
なんなら座ると考えなければいい。スクワットだと思えばいいのだ。九十九くんの膝に、私のお尻がちょっと触れるだけの……お尻が触れ……いや、やめよう。深く考えてはいけない。
キスなら唇が。ハグなら全身が触れることになるのだ。どの道逃げ場はないのに気にしすぎても仕方がない。
ちょんと座ってすぐ逃げる。今日はこれでやり過ごそう。思えば、スカートの時だってタイツを履くなり何なりすればいくらかマシだった。肌に張り付くあの感じが得意ではなくて、普段身につける機会が少ないからすっかり失念していた。
何事にも攻略法というのはあるものだ。今後も気をつけていこう。
そんな風に楽をしようとしたせいで、バチが当たったのか。
「九十九くん、おはよう」
「ん」
九十九くんが来たばかりの時間帯を見計らって教室に入り、やはり来ていた九十九くんと挨拶を交わしたあと、自席に荷物を置き。
「……何してる」
九十九くんの問いかけを無視しながら彼の机を少し退け、スペースを作ると。
「よいしょ……えっ」
前を向く九十九くんの膝に横向きに座ろうとした途端、お尻の下から膝が退いた。
相沢さんは向かい合って座って欲しかったのかもしれないけれど、座り方の指示も受けていないもんね、と私は若干得意気になっていた。
得意気になっていて何が起きたのか把握できなかったけど、かつての私がよくしていたように、九十九くんが飛び退いてしまったらしい。
だというのに。気がついた時、私のお尻と硬い床の間にはあぐらをかくように横にした彼の膝があり、上体は抱きかかえられ、彼の胸に押し当てられていた。
一度避けてから、私がお尻を床にぶつけないよう、自分の膝をクッションとして滑り込ませてくれたらしい。
「九十九くん」
「なんだ」
きっと、他にもっと言うべきことがあったはずなのだろうけど。その時、私の脳内をあるワードが支配していた。
そう、これは、あの時出来なかった――。
「これが、ラッキースケベっていうやつぁっ!?」
助けなければ良かったとばかりに勢いよく立ち上がってどこかへ去っていく九十九くんは、支えを失って床へ墜落する私を、今度は助けてはくれなかった。
−−−
「あんた達はなんでこう想像の斜め上を行くの……」
「でも、一応やり遂げたよ」
「まぁ、メイクのお預けはしないけどさ……あと、それバチが当たったとかじゃなく、普通に人見さんの失言のせいでしょ」
相沢さんの鋭い指摘に目を逸らすことしか出来ずにいたのは、その日の昼休みの話。
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