私を魅力的に映すのは―①
いつも通りの朝だった。
母が焼いてくれたトーストをちまちま齧りながら眠気を覚ましているその最中、それは聞こえてきた。
『やっぱり〜カレには可愛いって思われたいじゃないですかぁ〜』
どこか間延びした甘ったるい声に引っ張られるように視線を向ければ、テレビの端には「イマドキ女子渾身の勝負服!」なるテロップが浮かんでいる。
画面中央に視線を流せば、相沢さんとお友達になれそうな派手な見た目の少女が、とにかく自己への肯定を求めるようなコメントを並べていた。
普段私が気にかけるニュースと言えば動物関連のほんわかしたものばかりで、こういう特集を気にしたことは無かったのだけれど。
それでもつい気になってしまったのは、頭の中に彼の顔が浮かんでしまったからだ。
去年の文化祭の時。その後のデートの時。今年の夏にプールに行った時。
彼には既に何度か褒めてもらってはいる。それも、私から要求する形で。
その時は、ただ褒めてもらえることが嬉しかった。受け入れてもらえているという事実が。それを素直に伝えてくれるということも。
正直、きっと。あの時は言葉の中身にこだわりはなかったように思う。別に褒めて貰えるのが容姿でなくても、彼に認めてもらえていることが実感できれば何でもよかった。
ただ、今。
テレビの中で、
『デートの時に気合いの入った格好してきてくれると、やっぱ嬉しいですね。彼氏としては』
とコメントする男性の隣で頬を染める女性を見て、羨ましいと思うのは。
『倦怠期気味だったんですけど、ちょっと露出増やした格好するようになったらデートのお誘いが増えて、何やねんこいつ! って』
とはにかみながら答える女性を見て、倦怠期というワードにどことなく不安を感じてしまうのは。
部屋に上がって制服に着替えた後、姿見で見た自分の姿の、特徴の無さがいつもより恥ずかしく思うのは。
きっと、あの頃とは彼との関係性が違うせいだ。
−−−
「と、言うわけなんだけど」
「要するに、ニノマエくんに可愛いって思って欲しい、ってこと?」
「平たく言えば」
正確には何なのか、私にも分かっていない。それも嘘ではないけれど、それだけではない気がする。ただ、上手く気持ちがまとまらないので、とりあえず肯定しておこう。
悲しいことに、こういう課題を自己解決できる能力は私にはない。ということで、いつものようにお昼の時間、九十九くんが教室を出ていったのを確認してから結季ちゃんたちに相談することにした。
「パスするわ」
「あたしもパス」
即座に美法ちゃんと真咲ちゃんには手を引かれてしまった。が、本命は結季ちゃんだ。
フェミニン(という言い方で合っているのかもよくわからないけれど)な服やアクセサリーを着こなし、女の子らしい魅力を振りまく結季ちゃんを見習えば得られるものは大きいはず。
なんといっただろうか……確か、そう。ギャップ萌えというやつだ。多分。
「一透ちゃんは機能性重視ではあるけど、別に特別地味な格好ってわけでもないし、そんなに気にしなくて大丈夫だと思うけど……」
「相手はあのニノマエだしな」
「余程変な格好でもなければ何でも可愛いって言うわよ、あいつなら」
結季ちゃんの言葉に、一度手を引いた真咲ちゃんと美法ちゃんも追従する。
三人の言う事はよく分かる。私の中に、変化した関係に見合った変化が必要なのではないかと焦る気持ちがあることも、その焦りが杞憂であろうことも、自覚はしている。
ただ、それでも。
「それでも九十九くんに、相手が私で良かったって思って欲しくて」
「一透ちゃん……!」
恥ずかしさをこらえながらやや小声になった私の主張を受け、両手を口元に当てときめいたような顔をする結季ちゃん。
嬉しいけれど。嬉しいのだけど、今回ときめいて欲しいのは九十九くんであって。
ちら、と助けを求めて横の方を向けば、パスの宣言に則り黙々とお昼ご飯を食べる二人。は〜アツいアツい、とばかりにパタパタと顔を手で扇ぐ真咲ちゃんの素振りが一層こちらの羞恥を煽る。
いや、だから、あの、アドバイスが欲しいのだけど……。
「話は聞かせてもらったわ!」
窮地に差し伸べられる蜘蛛の糸のように、と言うにはやたらと主張の強い声が背後から聞こえてきた。
まさか、この声は! と勢いよく振り返れば、そこで腕を組んでふんぞり返っていたのは、予想通り。
「
ばばん! と効果音が聞こえてきそうな相沢さんの登場を目に、頼りになるような、心配なような。先の見えないギャンブルに首を突っ込んでしまったような気分になったことは、内緒にしておこう。
−−−
西日が差し込む放課後の教室に、私は相沢さんと二人きりでいた。
当然、九十九くんに居てもらっては困るので彼には先に帰ってもらったけど、真咲ちゃんたちには居て欲しかった。
真咲ちゃんと美法ちゃんは何もアドバイス出来ることがない、と言っていたが、それでもストッパーとして居てくれるだけで安心出来ただろうに。
部活や生徒会を理由にされてしまっては、無理に止められる義理はなかった。
逆に少し混ざりたがっていた結季ちゃんは残念そうに部活へ向かっていった。後ろ髪を引かれるようにちらちらと振り返りながら去っていく結季ちゃんの姿を思い出せば、うん。頑張ろうという気持ちも湧いてくる。
「それで、ニノマエを誘惑したいんだっけ?」
「ゆっ……誘惑というか、その、えっと……」
「恋人らしく喜ばせてあげたいんだよね。ファッションだけでいいの?」
「九十九くんが喜んでくれるならそれだけにこだわる気はないけど、あの、恋人とは、ちょっと違くて……」
「皆まで言うな皆まで言うな」
うんうん、と一人で納得し、にやついた顔で頷く相沢さん。完全にペースを掴まれてしまった。
「とりあえず、メイクは今度ね。私顔が薄くてナチュラルメイクってあまりしないから、出来る子に渡りつけといたげる」
「う、うん。ありがとう」
よかった。目の周りだけでもまつ毛やら眉毛やらバッチリ決めてる相沢さんと同じメイクをされてしまったら、というのが大きな不安の一つだった。
誰を紹介してくれるのかはまだわからないけれど、私に合わせてくれるのがわかっただけで少し安心できる。
「それに、あんまいきなり攻めるのも抵抗あるでしょ? 文化祭の後から急に奥手になっちゃってたもんね」
「それはあんまり言わないで」
「なははは! じゃあ最初は簡単なとこからいこっか」
頷きながら、自分の喉からごくり、と大きな音がなる。構える私への相沢さんの提案は、本当に簡単なものだった。
「ステップそのいち、萌え袖よ」
−−−
「九十九くん、おはよう」
「ああ」
いつもは返事だけサラリと済ませたあと本などに視線を戻してしまう九十九くんが、今日は物珍しそうにじっと見つめてくる。
「今日、寒いね」
「……そうだな」
少し言い訳臭かっただろうか。
今日の私は薄桃色の、少しだけサイズが大きなカーディガンを着ていた。
カーディガン自体は持っていないこともなかったが、サイズがピッタリで萌え袖にならないことと、私服用で制服のセーラーに合わないこともあって、今着ているのは昨日あの後相沢さんから借りたものだ。
ついでに言えば、さっきのセリフも。
『寒いね、とか言っとけば急にカーディガン着だした言い訳にもなるし、体の前で手を擦り合わせたり息で温めようとしたりして萌え袖のアピールも出来るから。俺が温めてやるよ、なんて言って手を握ってもらえれば言う事なしね』
相沢さんがそう言うので一応言われたとおりにはしてみたけど、やはりそう上手くいくことはなく、九十九くんが気取ったセリフと共に手を握ってくることはなかった。
ただ、見てる。じっと。やや心配そうな気配も混ざったけれど、それ以上に興味深そうに。
……効いている、のだろうか。
「……どうかな?」
袖口から出た指を胸の前で緩く組みつつ、聞いてみる。
「ああ。いいんじゃないか」
相変わらず素っ気ない返事。だけど、声色には優しい熱があって。
何より、いつもならさりげなく外される視線が外れない。それが何よりくすぐったい。
とても具体的な言葉を引き出す余裕はなかった。もう話を変えてしまおう。そう、私が逃げ出そうとした時だった。
「そういえば、今日の授業なんだけど――」
何気なく九十九くんの机に手をついて、そこに体重を預けた途端。
手と机の間に入り込んだ袖がずるりと滑り、勢いよく私の手を向こう側へと送り出すと。
「ふべっ!?」
つられてお腹が机の縁に吸い込まれ、一ヒット。
「ったぅ!?」
崩れた姿勢を支えようと、反射的に踏み出された右脚の膝が机の裏に豪快にぶつかり、二ヒット。
「何をしてるんだお前は……」
私が蹲って痛みに悶える間、背中を優しくさすってくれる九十九くんの呆れた視線が、一番痛かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます