一透ちゃんはわたしの―②

 放課後、わたしはニノマエくんと二人で喫茶店に向かった。一透ちゃんには、ニノマエくんを借りることはきちんと伝えてある。


 詳しい要件は伝えていないけれど、それでも気前よく貸してくれた。わたしが信用されているのか、ニノマエくんが信用されているのか。それとも、本当に付き合ってなどいないのか。


 仮に何か変な心配をされてもそれはそれで困るけれど。許可を貰ったって、ニノマエくんになんか手を出したくはない。


 当の彼は何かに怯えるように気まずそうにしている。失礼な話だ。非力なわたしの何が恐ろしいというのか。危害を加えたくても、わたしに出来るのなんてせいぜい、ニノマエくんを指さしながら悲鳴を上げて大声で助けを呼ぶくらいだというのに。


「一透ちゃん、なんて?」


 いつまでも気まずそうにお互いを睨み合っていても仕方がないので、先制させてもらうことにした。何の話かというと、ニノマエくんを借りていくと言ったときに、一透ちゃんが何やら彼に耳打ちしていたので、その内容についての質問だ。


「あんまり怖がらせちゃ駄目だよ、だと」


 手を出しちゃ駄目だよ、みたいな釘刺しかと思っていたら、違ったらしい。いや、違わないのかな。でも確かに、そっちの方が一透ちゃんらしい。


「あいつとのことか」


 一透ちゃんの優しさに触れて気が緩んでいるところに、本題を突きつけられた。彼も、わたしと二人で呑気に世間話、なんてつもりでは無いのだろう。


「単刀直入に聞くけど、付き合ってるの?」


「……そう思ってくれて、問題ないと思う」


 一瞬考えるような素振りを見せたけれど、そう断言した。


「一透ちゃんは、違うって言っていたけど」


「そうだろうな」


 付き合ってると思ってたのは俺だけだったのか、みたいな狼狽を見せるかと思ったのに、わかりきっていたみたいにそう言うニノマエくん。でも、付き合ってると思っていい。


 ……この二人と話していると、なんだかとんちでも解かされているような気分になってくる。


 二人の思考に合わせて頭を捻っていたら捻じくれすぎて千切れてしまう。素直に聞いたほうが早い。


「結局、どういうことなの」


「……同じ恋人同士だって、全く同じ関係の人たちなんていないだろ。もちろん、友達だって」


 彼は言葉を咀嚼するように、説明してくれる。一年生の春の時に起きた事件を思い出す。わたしは行かなかったけれど、一透ちゃんもこうやって、解説してもらっていたのかな。


「実態にそれぞれ違いがあっても、同じ言葉でくくる物があるなら、実態が同じようなもんでも好きに呼ばせて欲しい。それだけだ」


「それで、いち、とかきゅうじゅうきゅう、とか言ってるの?」


「……ああ、ん、まあ」


 さぞかし混乱させられたんだろうな、という憐れみの目が腹立たしい。君のせいでもあるでしょうに。


「でもそれ、わかりにくいよ」


「周りは、そうだろうな」


 ニノマエくんは、わたしの目を見て言った。


「あいつはもう、俺の一部で。それをあいつはわかってる。俺ももう、あいつの一部で。それを俺はわかってる。お互いに、それをわかり合っていることも」


 真っ直ぐな目だった。苦手だと思っていたけど、いつからか一透ちゃんが見せるようになった視線と重なって見えて、なんだか苦手意識が薄れた気がする。


 こちらの心情を知ってか知らずか、ニノマエくんは続ける。


「だから、寄り添って生きると決めた。呼び方は何であれ、それが揺るがないのなら別に構わない」


 もっと、特別なの。一透ちゃんがそう言った意味が、ちょっとだけ分かった。形だけ付き合ってるのよりも。恋人であることで、形式に囚われるよりも。きっと、もっと深いところで、二人は繋がっているんだ。


 ……けど。二人のことを思えば。


「……だけど、付き合っているって言ってもいいのなら、そっちの方が、問題は無いと思う」


「〝厳密には付き合っている訳じゃないから、他の女に手を出しても問題はない〟」


 びく、と身体が震えた。それはわたしが一番危惧していた言葉だった。


「そんなことは、絶対に言わない。俺は一透だけを見ている。あいつに不誠実な真似は、もうしない」


 だから、大丈夫。わたしの心を見透かすみたいに言い聞かせる彼の、そういう所がやっぱり苦手。


「付き合っている訳じゃないなら自分が、って周りがちょっかいかけてきたらどうするの」


「あいつ以外の誰が俺に言い寄るんだ」


「ニノマエくんはどうでもいいよ。一透ちゃんはモテても不思議じゃないでしょ」


「虫は払う」


 その言葉が、わたしには意外だった。自分よりもいい人がいるのなら、その方が一透のためになる。なんて、そんなことを言いかねないと思っていた。


「あいつが選んでくれたのは、俺だ」


 また見透かされたのかと思ったけれど、なんだかその言葉は、自分の中に溶かし込むみたいに言っているように見えて。


 わたしはようやく、二人はきっと大丈夫だと、安心することが出来た。


 面倒くさい二人だけど、ちゃんと通じ合えているから、きっと大丈夫。一緒に来てくれなかった真咲ちゃんには既に、それが分かっていたのかな。


 それから少しの間、わたし達は無言だった。話すことは話し終えたので、当然の成り行きだ。あとはもう、注文した飲み物を飲みきって帰るだけ。


「これは、別に関係ないんだが」


 そう思っていたら、以外にも彼の方から話しかけてきた。まだなにかあるのか。


「あいつにも、小川にも、それから大野にも、別に危害を加えたりしない」


 いきなりなんの釈明だ、と身構えるわたしに、彼は困った顔を見せた。


「そう敵視しないでもらえると助かる。小川はあいつの大切な友人だから、俺も叶うなら、普通に仲良くしたい」


 変にもじもじしながらそう言う姿を見ていると、去年の秋を思い出す。夏休みが明けて、席替えしたばかりの頃。まだ彼に強く出ることも出来ないくらい苦手だった頃。あの時も、彼はこんな顔をしていた。


 いろんな感情が蟠って、彼に壁を作っていたのが馬鹿らしくなってきた。思わず笑いが込み上げてくる。あの時も、こんな風に思ったっけ。


 うん。


「やだ」


 急に笑い出したわたしから、想像もしてなかった答えが飛び出してきて困惑する九十九くんを尻目に、ストローを咥える。


 カップに残ったドリンクを全て吸い上げ、音が出るほど強く机に叩きつけながら、


「言っとくけどね、九十九くん」


 わたしは、高らかに宣言した。


「一透ちゃんは、わたしのでもあるんだから!」



−−−



 喫茶店を出たわたし達は、並んで帰宅している。奴はライバルではあるが、途中まで一緒に帰るくらいはしてあげてもいい。


「九十九くん、お家の方角こっちだっけ?」


「ああ。それと、ニノマエでいい」


 はあ? ……せっかくこちらの方から歩み寄っているというのに、なんだコイツは。そう苛立ちの籠もった視線を向けると、彼は心の底から幸せそうな、でも少しだけ意地の悪い笑顔で、こう言った。


「そっちは、一透が呼んでくれるからな」


 この人! やっぱりむかつく!

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