一透ちゃんはわたしの―①
「それで、結局ニノマエくんとは付き合えたの?」
修学旅行から戻って数日。結季ちゃんはいきなりそんなことを聞いてきた。
「ううん。付き合ってないよ」
人物画に『愕然』というタイトルをつけるなら、こんな顔だろうか。結季ちゃんの顔を見ながらそんな風に思っていると、次第にそれは怒りに染まっていった。
「なに? 結局、あの人一透ちゃんのこと振ったの?」
「? ううん。そんなことないよ」
私が不思議そうに返すと、怒りがまた困惑に変わっていく。
「告白、出来なかったの?」
「告白、といえば、告白なのかな。出来なかったというか、してもらったよ」
私に感じ取れる人の心は抽象的なもので、具体的なイメージを持って見ることが出来たのは今のところ九十九くんだけなのだけど、この時の結季ちゃんの頭の上には、疑問符が踊っているのが目に見えるようだった。
「振った、の?」
「ううん。お陰様で、通じあえたよ」
んふふ、とつい笑いが溢れる。あのときのことを思い出すと、いつでも幸せが胸に込み上げてくる。
しかし、お祝いしてくれると思っていた結季ちゃんは、そんな私の様子を見て一層、わけわからんという顔をするのだった。
分かりづらかっただろうか。
「つまりね、結季ちゃん」
なんて伝えようか、私は少し迷ったけれど、やはりこれ以上に適切な言葉は思い浮かばなかった。
「私は、九十九くんの一になったの」
結季ちゃんは、すべてを諦めた顔をしていた。
−−−
なんのこっちゃ。
わたしは素直にそう思った。
修学旅行での様子や帰ってきてからの様子を見ていれば、付き合い始めたのだろうなということは想像できた。
だけど、前にニノマエくんが一透ちゃんのことを名前で呼び始めたときもそう思ったけれどそれは間違いだったから、今回も万が一があるかもしれない。
そう思って、落ち着いた頃を見計らって確認したのに、一透ちゃんの言うことはまるで要領を得なかった。
「ニノマエくんは、一透ちゃんの何?」
「きゅうじゅうきゅう」
「……一透ちゃんは、ニノマエくんの何?」
「いち」
こんな会話から何を分かれと言うんだ。
いや、分からないこともない。名前になぞらえて、私達は二人で一つだ、みたいなことを言いたいんだと思う。それでも比率おかしいでしょとは思うけれど、そこまではまだ飲み込める。
それが、付き合っているのと何が違うのかがまるでわからない。
あれだけベタベタして、見ているこっちが恥ずかしくなるくらい、お互い求め合っているのが丸わかりで、幸せそうにしていて。
あれが恋人同士でないのなら一体何なのか。混乱したわたしは、そのまま無遠慮に一透ちゃんに投げかけてしまったけれど、
「もっと、特別なの」
返ってきた答えは、これだった。
一透ちゃんは、成績こそ平均よりちょっと良いくらいだけれど、もっと根本的な部分で聡明な子だと思っていた。
恋というのは、そんな一透ちゃんの頭ですら溶かしてしまうのだと、その時初めて、わたしは恐怖した。
いずれにしても、一透ちゃんに聞いても埒が明かないことはよくわかった。本当はとても、とても気が進まないけれど、こうなったら彼に直接聞くしかないと思う。
ただ、ちょっとした雑談や連絡事項くらいならまだしも、彼と二人きりで、改まって話をするというのは気後れしてしまう。
そんな時こそ真咲ちゃんだ。いや、どんな時にも大体わたしは真っ先に真咲ちゃんと一透ちゃんを頼るのだけど、ここぞという時はやっぱり真咲ちゃんだ。
そう思って声をかけたのに、真咲ちゃんには断られてしまった。二人がいいならそれでいいじゃねえか、なんて言われたけど、人間関係なんて些細なすれ違いで壊れちゃうのだ。
一透ちゃんが心配じゃないの、とまで言ってあの手この手で泣き落としにかかったけれど、最終的に部活を言い訳に逃げられてしまった。
わたしだって部活を休んで予定を組むつもりなのに、と思わないでもなかったけど、春高を目指して頑張っている真咲ちゃんに無理に頼むのも気が引けた。進路次第でもあるかも知れないけど、きっと、真咲ちゃんの春高に〝次〟はもうないのだ。
それに、恐らくだけれど。真咲ちゃんはニノマエくんのことを、わたしよりも信頼しているのだと思う。
去年の文化祭での出来事は、今でも真咲ちゃんにとって大きなことなのだ。
わたしだって、軽く見ているわけじゃない。あの時は突き飛ばしてしまったし、そのことは今でも謝れていないけれど。あの時ニノマエくんがしていたことは真咲ちゃんを追い詰めるようなものじゃなかったって、今ではちゃんとわかってる。
変に拗れてしまったけれど、彼には感謝の気持ちもあるし、羨ましいと思うこともある。負い目とか、一透ちゃん絡みの嫉妬とか、そういうのを一回全部まっさらにして考えれば、きっとわたしも、彼のことをそう悪くは思っていない。
だけど、冷静な頭でちゃんと考えれば尚更、彼もいろいろ変に拗らせていることがよく分かるのだ。そんな彼に、一透ちゃんがやや入れ込みすぎてしまっていることも。
一透ちゃんはわたしの大事な親友で、ニノマエくんも、まあ一応、友達ではあるのだから。
二人のことを思えばこそ。わたしは友達として、してあげなければいけないことがあるはずだ。
「ニ、ニノマエくん」
この、口で返事をせずにじっと見てくるところとか、苦手だけど。
「今日、ちょ、ちょっと、面貸して!」
わたしは負けない。負けないぞ。
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